第219話 裏の人間
「い、いくら貴方と言えども、罪人に対する死刑執行を止める道理はないはずっ!! そもそもフィクサーならば、その名の通り間を取り持つ存在……調停役としての中立を守るべきです! これでは司法に対する干渉ではないのですかっ!!」
「司法に対する
ルイスは死刑の執行を誰であろうとも、止めることはできないと彼に向かい言葉を呈する。
だがそんなルイスの言葉すらも、つまらないことだと言った感じにフィクサーは彼の言葉を意味深にも繰り返すだけに留めている。
逆にデュランには、そんなフィクサーの声と表情が不気味に思えてならなかった。
いくら自分のことを処刑される寸前で助けてくれた恩人とはいえ、通常ならばルイスが今口にしたとおり、死刑執行を止められる実質不可能であると言っても良い。それなのに今の目の前で繰り広げられているこの現実は、それを可能としていたのである。
それにまた彼がルイスのような名誉職裁判官がするような格好どころか、貴族か王族と
……となると、だ。やはりルイスが彼のことを『フィクサー』や『調停役』と呼んでいるように、つまるところ、各業界の顔役または裏社会を支配する人間、そのどちらかでしかなかったのだ。
デュランもいわゆる『裏の人間』という言葉の意味を知っている。
それは表舞台である一般社会には一切顔を見せず、裏業界の汚い仕事や表には出せない事案などの解決を一手に引き受ける存在である。だがそれでも、表社会である司法へ干渉することなど聞いたことが無かったのだ。
それに彼らは自らが興味のあることか、または自分の利益にならないことは一切しない主義を貫いてもいた。そんな人間が自分のことを間一髪のところで助けてくれたのだ。「これは何か裏があるのではないか?」ともデュランは思い始めていたのである。
(このフィクサーと呼ばれる男、何か裏の思惑があるんじゃないのか? でなければ裏の人間がこうして表舞台に立ってまで、俺のことを助けるものなのか? ……いや、どちらにせよ、この場で死ぬよりはマシというもの。ならば、存分に利用させてもらおうじゃないか。それより先のことを考えるのは、その後でもいい……)
デュランは目の前の人物が自分のことを助けてくれたことは揺るがず間違いのないことであると、納得することにした。
そんな彼の思いを知ってか知らずか、ルイスはまだフィクサーに向かって言葉を呈している。
「デュランの死刑執行に対する正当性は白日の下、私を含めて判事が下した決断。それはいくら貴方と言えども干渉はできないはずだっ!!」
「……ふむ」
けれどもフィクサーは未だ余裕の笑みを保ち、それでいてルイスが言葉を口にする度に少しだけ頷いてはいるものの、どこか彼に対して興味を失っているようでもあった。
それが逆にルイスの自尊心を傷つけ、そして感情を、そして言葉をも
「それなのにっ!!」
「……ちょっと、待ちたまえルイス。君は……何か勘違いしていないのか?」
「か、勘違い?」
出鼻を挫かれるとは、まさにこのことだった。
たった一言、目の前の人物から言葉を
自分のどこかに間違いがあったのか、そして目の前の人物に対して強い口調と態度で物申してしまったこと。そのどちらとも取れない表情のまま、彼が次に口にする言葉を待つほかなかった。
「私は何も彼だけを助けたわけじゃない。ルイス、君のことも助けたのだよ」
「……えっ? わ、私を……ですか?」
「ああ、そうだとも。その様子じゃ、どうやら気づいていなかったみたいだね」
ルイスもまさか、ここで彼から自分を助けたと言われるとは思ってもいなかった。
それにまた何を助けてもらったのかすら、理解することも出来ずにいた。
そんな表情が顔に焦りとして出てしまっていたのか、フィクサーは少し呆れる形でこんな言葉を口にする。
「私は先程、君が仕出かした過ちを正しに来た……そう言ったはずですよ」
「ぐっ。それは確かに……」
確かにそう言われれば、彼からそんな言葉を受けた覚えがルイスにはあった。
だがしかし、それでもその理由まではまだ聞いてはいなかったのだ。
けれども次の彼の言葉で、ルイスの表情から色が消え去ってしまうことになる。
「なんせ、君は無知にも
「なっ……うぐっ。そ、それはそのぉ……」
いきなりルイスの人格及びデュランの裁判に対する判決までも否定されてしまい、彼は言葉を失ってしまった。
傍で一部始終聞いていたデュランでさえも、彼が何を言っているのかよく理解することが出来ずにいた。
なんせ裁判の根底から揺るがすことを、目の前の男が口にしたのである。またそれに対してルイスが一言たりとも反論できずにただ黙り、突っ立っている姿が異様であるとさえ思えてもいた。
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