第218話 自明の理
「フィクサー……貴方のような方が、このような場に自ら足を運ぶなど本来あってはならぬこと。それに何より、どうして死刑執行を止めるような真似をなされたのか……そこのところを説明していただきたい!!」
「……ふむ。それを私に問いますか、ルイス・オッペンハイム。それこそ
「っっ」
ルイスは言葉だけは丁寧であったが、彼にデュランに対する死刑執行の邪魔をされたことに腹を立てていたのだが、そんなルイスにフィクサーは静かなる言葉を用いるだけで、その勢いを殺いでしまった。
そして彼はルイスに対峙すると、こうも言葉を続ける。
「私は何も邪魔をしに来たわけではありませんよ。貴方が大きな過ちを犯すことに対して、黙って見過ごせなかった……ただそれだけのことです」
「大きな過ちを……ですか? この私が?」
「ええ、そうですとも。大きな大きな過ちを……です」
フィクサーはまるで悪さをした子供に対して叱り付けるのではなく、むしろ自ら考え反省するようにと諭す形で、そのようにルイスに向かって言葉を投げかけた。
だがそれもルイス本人には何を指した言葉なのか、まったく皆目検討もつかないと言った困惑に満ちた表情を浮かべるだけにすぎなかった。
「二人で重要なことを話しているところ済まないが、せめてコレだけでも外してはくれないか? このままじゃせっかく助けられたこの命も、いつまで保つか分かったもんじゃない」
デュランは未だギロチンの刃に生死を委ねている真っ最中であった。
兵士達が必死に刃に繋がれたロープを持っているから良いようなものの、何かの弾みで掴んでいるロープが手から滑ってしまえばデュランの首は刎ねられてしまうことだろう。
もし運良く勢いを得られず刃が落ちたとしても、ギロチンの刃の重量は成人男性一人よりも遥かに重いのである。首上数センチのところで寸止めされているとはいえ、それでも人の柔らかい首を切断するには十分すぎるほどなのだ。デュランはこのままでは気が気ではないと、フィクサーと呼ばれる目の前の彼へとそう言ってのけた。
「ん? ああ、そうもそうだね。そこの君、彼のことを解放してくれるかい? あのままじゃ、満足に話すことも聞くこともできないからね。不便で仕方ないだろう」
「えっ? あっ……で、ですがその……(ちらっ)」
デュランの言葉を受けたフィクサーが近くに立っていた兵士の一人へと、そう語りかけた。
けれども若い彼はどうすれば良いのやらと判事でもあり、この場で唯一自分へと命令を下すべき存在であるルイスの顔色を窺がい見る。
「……ルイス?」
「ちっ……いいから、デュランの拘束を解いてやれ」
「は、はっ! おい!」
フィクサーは顔色一つ変えずルイスの名を疑問系交じりに呼ぶだけで、有無を言わさず彼に自分の意思を押し通す。
それに逆らえないルイスはどこか悔しそうな表情を浮かべながらも小さく舌打ちをすると、彼の意思が示すとおりにデュランのことを解放するよう兵士に指示を出した。
そして数人がかりでギロチンの刃を支え持ちながらデュランの首へと嵌められた木枠が外されると、文字通り彼は自由の身となった。
「ふぅーっ。ほんとに死ぬかと思った……はあぁ~っ」
デュランは首を固定されていた木枠を外されると、すぐさま後ろへ倒れる形でその場から退き、自分がまだ生きていることを確認するよう安堵の溜め息をついた。
それもそのはず、デュランは今の今まで、いつ断罪の刃が落ちてくるかと己の死を覚悟していたのだ。その恐怖心からの生還を体験すれば、誰もが彼と同じ反応をしてしまうに違いなかった。
「立てるかい? さぁ私の手を取りたまえ」
「あっ……ありがとうございます」
そして処刑台の真後ろで尻餅を着ついているデュランに向かい、彼を助けたフィクサーがその場から立ち上がるようにと、白布の手袋をした左手を差し伸べてくれたのだった。
デュランはまさかそうまでされるとは思っておらず、戸惑いながらもその手を軽く握り締めると礼の言葉を口にしつつ、さっそく立ち上がる。
「いや、なに……改めて礼を言われることではないよ。ふふふふっ」
フィクサーはそんなデュランの言葉と態度を見て取り、何故か愉快そうにも笑みを浮かべている。
それは彼のことを馬鹿にしている風ではなく、どこか微笑ましいと思える優しげな笑みだとデュランは感じてしまう。
「さてっと……これからどうするかね? ここへ集まった民衆は今一つ状況が飲み込めないと、先程から何も言葉を発していない。ここは一つ、ルイス……君から彼らへの説明が必要なんじゃないかな?」
「な、何でこの私がそんなことをっ!!」
「ふーん。説明は必要ない……そう言いたいのかい?」
「ぐっ」
フィクサーのその言葉を受けたルイスは、何故自分がそんなことをしなければならないのかと反論しようとした。だがしかし、彼の真正面に居る彼が意味深にも「私の願いを聞き入れてくれないのか?」とでも言いたげな顔を差し向けると、ルイスは反射的に顔を背けてしまった。
(このフィクサーと呼ばれる人物はなんなんだ? ルイスが上から命令されて逆らえないなんて……。何か弱みを……いや、弱みだけであのルイスがこうも萎縮してしまうものなのか?)
デュランはそんな二人のやり取りを目の当たりにしながらも、違和感を覚える関係性について疑問が生じていた。そしてデュランがそんなことを考えていると、徐にルイスがこうフィクサーへと食って掛かろうとする。
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