第217話 銀翼の助け人

「その刑に対する執行は待ちなさい!」

「なっ!? っっ」


 興奮した観衆の中、凛としたそんなたった一言だけが場を制する。

 その理由は遠くから見入る人々にも明らかであった。


 その人物は今まさにデュランの首にギロチンの刃が食い込もうとする瞬間、その前へと出てきたのである。そしてなんと右手に持っていた杖でギロチンの刃上部に設けられていた穴へ突き刺すことで、刃が落下するのを止めていたのだ。それは周りで事の成り行きを見守っていた人々の視線をも釘付けとする異様な光景でもあった。


「お~~~~いっ、早く誰かっ! て、手を貸してくれっ!! このままじゃ落ちちまうぞぉ~~~っ」

「あっ? ……あっ、ああっ! す、少し待ってろっ! おい、誰かこっちに来て手伝ってくれ!!」


 ……いや、正確にはその彼の言葉を受けた、ギロチンの柱が聳え立つ両端に控えていた兵士が瞬時にロープの先端を辛うじて捕まえ、自らの体重で支え持っていたのである。

 だが刑の執行に用いられるギロチンの刃は意外と重いらしく、彼一人の体重では到底支えきれず、引っ張られる形で宙に浮き足立ってしまっていたのだ。


 あまりにも突然のことで訳も分からず、急ぎ他の兵士達が彼の上半身そして両足を掴むことで、どうにかそれ以上ギロチンの刃が落ちるのを防いだ。

 それはデュランの首から僅か数センチの距離、あと一歩ほどその兵士が前へと出れば、容易にもその真下に居るデュランの首を切り落としてしまうことだろう。


「俺は……助かった……のか? はぁーっ」


 デュランは未だ状況が飲み込めず、ただ自分の体と首とが繋がっていることに安堵した溜め息をつく。


 そして目の前にある足の主を見上げみると、そこには全身の白色のスーツを着たシルクハットを被り、杖でギロチンの刃を受け止めている人物が立っていたのだ。


「ふふっ♪ デュラン君……無事かね? まだ首と胴体は繋がっているかね?」

「えっ……あ、はい。どうにか……そのようです」


 不思議と何故か微笑まれながら、そう訪ねられるとデュランは呆けた表情のまま、どうにかそれに受け答える。


「ようやく君と直接に会うことが出来た……冥国より甦りし、断罪者デュラハンよ」

「……えっ? でゅ、デュラ……ハン?」


 そして何故だか彼はデュランの名をデュラハンと呼んでいたのだ。


 一瞬自分の名を間違えたのかとデュランは思ったのだったが、その前にしっかりとした口調で『デュラン』と呼んでいたので間違っているわけがないと、やや遅れてその言葉の意味を理解する。


 デュラハン……それは罪人を裁くべく、地獄の淵より使わされし使者『断罪者デュラハン』の名であることを思い出した。それでも彼が何故自分のことをそう呼ぶのか、デュランには分からない。


(もしかすると俺の名であるデュランとデュラハンとを意味言葉で掛け合わせ、そう呼んだのだろうか? そうだとしても、あまりにも不可解すぎる事柄だな。それでも彼が命を助けてくれたのだけは間違いないことだ)


 何にしても、自分の前に立っている男性に助けられたのは事実であった。

 そのためデュランは彼に向かって、こう言葉を投げかけようとする。


「あの……」

「うん? 何かね?」

「あっいや……その、助けてくれてありがとう……ございます?」

「ふっふふっ。君は私に対して感謝の言葉を述べるのに、何故か疑問系交じりなのだね。ま、それもこの状況では仕方の無いことだろうね」


 その男性は見た目とは裏腹に、どこか古めかしくも年端に似合わぬ言葉を使っていたのである。

 見た目だけでいえば、もちろん彼はデュランよりも年上ではあるのだが、それでも30に手が届くかどうかにしか見えなかった。


「んっ……ここは良き風が吹いているね。そう思わないかい?」

「は、はぁ」


 音も無く風が彼の背後から吹くと、長く銀色に輝く髪がなびき流れる。

 だが彼はそれに逆らうことなく、あるがまま背で風を受け、まるでそれこそが必然であるかのように振る舞ってもいた。


 その威風堂々いふうどうどうたるや、並々ならぬ人物であると、デュランはその立ち振舞いを見て思った。


(貴族……いや、まるで王族のそれ・・のような立ち居振る舞いをしているな。一体誰なんだ……この人は?)


 そこから察するに彼がそれなりの地位を持つ王族か何かではないかと、デュランは推測する。


「貴様は一体誰なのだっ!! このような死刑執行のまさにそのとき、このような場へとしゃしゃり出てくるとは……貴様も、コイツのように死にたいのかっ!!」

「ふっ」

「なっ! 貴様、一体何を笑って……」

「やめろっ!!」

「る、ルイス様っ!? で、ですがその……」

「貴様も死にたくなければ、黙っていたほうが身のためだぞ。それとも何か、今この場で死にたいのか?」

「ぐっ……わかりました」


 兵士の一人が徐にその人物に詰め寄って、その胸元の服に手をかけようとしたまさにそのとき、傍に居たルイスが彼を諌める言葉を呈する。

 その言葉の重圧と言葉により、兵士が彼に掴みかかることは無かった。


「ふぅーっ。フィクサー……どうしてこのような場に、自らおいでになられたのですか?」


 ルイスが溜め息をつき、一旦間を置いてからそう彼に話しかける。

 しかも普段彼が言葉を交わすのとは違って相手を敬い、尊敬の言葉を用いていたのである。


(フィクサー? 顔役……だ…と? それにルイスほどの男がそんな馬鹿丁寧な言葉を使うほどの人物ということなのか?)


 デュランはその人物とルイスとが、何かしら接点があるものだと言葉の端々から、容易に察することができた。けれども、それだけで彼とルイスとが、どのような関係かまでは知る由も無かったのだ。


 ただ一つだけ言えることは、フィクサーと呼ばれた彼が自分の敵ではないこと、そしてルイスよりも立場が絶対的にであるということくらいであった。そうでもなければ、あのルイス・オッペンハイムがこのような言葉遣いをするわけがないのである。逆を言えば、それほどの人物であることを暗に示していることに他ならない。

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