第216話 最期の音色

(ほ、本当に俺は死ぬのか? さっきのアイツのように……死ぬっ!? ……っっ)


 そこで初めてデュランは死を他人のものから、自分のものへと感じることができた。

 そしてこれまでしてきたことや思い出や、それに大切だった人の顔を必死に思い出そうとするが、何故かそれが頭に浮かぶことはなかった。


「予想外の出来事が起きて、些か余興が減ってしまったようだが……デュラン君もこれまでだね~。なんだか名残惜しいよ」

「る、ルイスっ!!」


 ふと頭上付近からそんな声がかけられた。

 その相手とは、なんとルイスだったのである。


「おや、デュラン君。今更になって、君は一体何を驚いているんだい? まさかとは思うが……この私自ら、この場へと赴いていることではないだろうね? そんな理由は一つに決まっているだろ。君の最期の時くらいはちゃんと見届けてあげないとね。これが私なりの慈悲というものなんだよ。どうだい、君も嬉しすぎて涙が出てくるんじゃないのかな? あーっはっはっはっ」

「ぐっ……な、何を好き勝手言いやがってんだルイス・オッペンハイムっ! お前が俺のことを陥れたんだろうがっ!!」

「おーっおーっ、さすがはデュラン君だ。それでこそ貴族たる者だよ! このような状況でさえも、まだ反抗の言葉が出てくるとはね。この私でさえ、その心意気には本当に恐れ入ったよ。ま、その威勢もあと僅かだろうけどね」


 ルイスの嫌味に対してデュランは怒鳴り散らすが、それでも彼は余裕の笑みを崩すことは無かった。

 なんせデュランは身動き一つ取れず、またあと少しでその命を絶たれてしまうのである。そんなものに恐れを抱く必要性は彼にはなかったのだ。


 本来処刑を行う場へと、判事自ら足を運ぶことは皆無であった。


 しかしルイスはデュランの死という、彼のこれまでの人生で未だ一度たりも味わったことの無い趣向を最大限に楽しむべく、この場へと足を運んでいたのだった。


「死刑人に対しても慈悲として、この世で最期の言葉くらい喋らせてあげようかと思っていたのだが……これではロクに喋ることも無理そうだね」

「ぐっ」


 ルイスはわざとらしくも、デュランの首を押さえつけている木枠をまるでノックでもするかのように軽く叩いて見せた。デュランにはその振動が伝わり、上部に設置してある鋭い斜め刃が落ちて来ないかと気が気ではなかった。


(どうせ死ぬのならば、今この瞬間に落ちてしまえばいいんだ。そうすれば、コイツ諸共道連れにできるっっ!!)


 だがそれとは別に自らの命が絶たれてしまうよりも、ルイスをも巻き込む死をデュランは望んでいたのである。そこには自らをこのような場へと導き、陥れたという憎悪が見え隠れしていた。


「どうだ悔しいかい? そりゃ悔しいだろうなぁ~。それこそ死ぬほどに・・・・・、ね。だがしかし、それも仕方の無いことなんだよ。この私に……権力がある者に君なんかが逆らうからこんなことになるのだよっっ!!」

「地獄へ堕ちろ……ルイス・オッペンハイムッッ!!」

「おーっ、怖い怖い。本当に今の君はまるで獣のような目をしているね。ま、それも無理もないこと……かっ。あーっはははははっ」


 挑発するようにルイスが何度もデュランへと声をかけてくる。

 きっと彼にとってはこの瞬間ですらも、余興か暇潰しの一貫にすぎないのかもしれない。


 そうして場が温まり時が満ちたのを見計らい、ルイスが一歩前へ歩み出すと、広場に集まった人々に向かってこう宣言する。


「これより、国の重罪を犯した重罪人……デュラン・シュヴァルツの公開処刑を執り行うものとする!!」

「「「わーわー」」」


 それはまるで自らが国を導くべき主導者にでもなったかのような、そんな振る舞いであった。

 するとこの場に集まった人々から歓喜の声に混じり、嘆きの怒声までもが至るところから叫ばれ、処刑場のある広場は一気に盛り上がりを見せていた。


 そしてついにそのときがやってきてしまったのである。


「それではこれで本当にお別れだよ……デュラン君♪ あの世に居るケインに私からよろしくと伝えておいてくれたまえよ……おい」

「はっ!」


 ルイスがそう控えていた兵士に指示を出すと、彼は手斧を持ってロープが結び付けられている台の前に着いた。そして両手で手斧を握り締めてから腰を低く落とし、ドッシリとした構えのまま一切ふらつくことなく斧を振り上げ、ルイスから出される最後の合図を待っている。


(リサ……すまないっ!!)


 デュランがそう彼女のことを心の中で願いながら、視界に広がる広場中央付近の人ゴミへ目を向けてみると、そこには見えるはずのない彼女の姿が偶然にも映っていた。

 彼女は何か布に包まれている二つのものをその胸へと大事そうに抱きとめていたのである。


「あっ……あれ、は?」


 生憎とデュランの位置からでは、彼女との距離があまりにも遠すぎるため、その表情を窺がい知ることはできなかった。けれども彼女が抱き抱えているもの……それが何なのか、彼は気づいてしまったのだ。


(リサ……子供が……無事に生まれたんだな……ははっ……そう…か……俺は……父親に……なれたんだ…な)


 デュランは嬉しさなのか、それとも悔しさなのか、頬を伝う冷たいものを感じ取っていた。

 だが無慈悲にも、そのときは長くは続かない。


「んっ」

「はあぁぁぁぁぁっ!!」


 ルイスが抱え肘で支え上げていた右手を指だけ斜め下へ落とす動作をすると、それを見て取り構えていた兵士が手斧をロープ目掛け一気に振り下ろした。


 すると、ピンッと張り詰めていたロープが手斧の刃によって千切れ飛び、そして支えを失ってしまったギロチンの刃は自らの重さにより、デュランの首へと一直線に落下していく。


「「「わーわー」」」


 ズゥゥゥゥゥッ。

 デュランの両耳から人々の怒声や歓声に混じり、どこか重々しくも何かを削りながら滑り落ちてくる音が鼓膜を震わせながら響き伝わっていた。それはもしかすると、彼が感じることのできる最後の音色なのかもしれない。



『今まさに断罪の刃がデュランへと向かい、振り下ろされてしまったのだ!

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