第215話 正義の柱

「些か予定外だったが……ま、別にいいだろう。どうせコイツも死刑を受けるべき罪人なのだからな。遅いか早いか、ただそれだけのことだ。なぁ~に、こんなこと気に止む必要はない。それに上の者達が何か言ってきたとしても、罪人が逃亡を謀ったため、已む無く殺したという他ない。本当のことだしな」


 先程ツヴァイの胸を槍で突き刺し貫いた兵士がそう言葉を口にする。

 そこには一切感情が込められていない、まるで無垢とも表現できる声であった。それと同時に自分達の責任を逃れるようでもあり、ここでも無慈悲に庶民を殺しても罪には問われないことが罷り通っていたのである。


「ほら、さっさと来い。お前もこうなりたいのか?」

「…………」


 デュランは言葉を失い兵士の一人に腕を掴まれ引っ張られるがまま、木だけで簡易的に組み上げられた処刑場へと、その裏側から連れて行かれてしまうのだった。


 その処刑台は街中央の広場へと場所を設けられたものであり、遠くから処刑を見物する人々にまで観やすいようにと、周囲にある建物と同じ高さまで作られるなどといった配慮がなされている。


 また処刑台真下には切り落とされ飛んだ首や血飛沫が飛び散らぬようにと、前の方にかなりの距離が設けられてもいた。そこには処刑執行時に要らぬ邪魔が入らぬようにとの思惑もあり、そのような間が必要になるのかもしれない。もし仮に誰かが助けに入ろうと駆け寄ってきたとしても、処刑台と集まった民衆との間にはかなりの距離があるため、一目で“そうである”と理解することができ、周りに居る兵士達が即座にそれに対応することができるわけである。


 ギィ……ッ。

 簡易的な処刑台とはいえ外で野ざらしだということもあってか、デュランが一歩踏み出す度に足元付近の木々から嫌な音が聞こえてくる。


(ここって意外と高いんだな……。それにこの台が木だけで作られているせいなのか、先程から足元付近の板張りから軋むような音がする。もしかしてこのまま崩落する危険性もあったりするのだろうか? それに乗じることができれば、俺は助かるんじゃないのか? ……いいや、結局俺には逃げ場なんてものはないんだったな)


 普段そのような高台から広場を見下ろしたことの無いデュランにとって、初めて体験する高さである。

 そして迫り来る死を目前にし、何故か高さやこの場が木製であるということばかりに意識が逸れてもいた。だがそれも、自らの死がどこか他人事のようであるとの思いからなのかもしれない。


(ギロチンならば、死ぬのは一瞬の出来事。だから痛みを感じる間もないはずだと伝え聞いたことがあったが、果たして本当にそうなのか? これが本当に苦しまずに死ねるのか?)


 ふとデュランは今から自分の運命を委ねるであろう、処刑台中央付近に鎮座している物へと視線を移す。


 そこには下の台座付近に首を据え置く半月状の仕切り板が備わっており、そしてその真上には太陽の光を受けて銀色に鈍く光を放っている斜め刃が見て取れる。


(これが有名なギロチン台というものなのか。にしても、つくづく嫌な感じだな。本当に俺は今から首を切り落とされてしまうんだよな)


 未だ覚悟が決まっていないデュランは、ついそんなことを思い浮かべてもいた。


 古くから処刑にはいくつかの方法があり、中でも貴族や王族、そして重罪人を罰するのに用いられているもの……それは斧や剣を用いた斬首が一般的であった。

 けれども死刑執行人その技量によっては、一度で首が切り落とせず、何度も何度も刃を振り落とさなければならず、罪人とはいえ苦痛を強いるものだったのだ。


 そこで罪人達の痛みを軽減させるため考えられた処刑装置が、この『断頭台だんとうだい』または『ギロチン』と呼ばれるものである。

 その正式名称はフランス語でBoisボア deドゥ Justiceジュスティス……人々からは国の不正を正すべき『正義の柱』などとも呼ばれていた。


 これはかの有名なマリー・アントワネットやルイ16世などがフランス革命にて、人々が集う広場で公開処刑として用いられた処刑方法なのだ。

 このため庶民の娯楽として根付いてしまい、人の背丈よりも高く装置を設置したのにもいくつか理由がある。


 一つは広く人々に見えやすいようにとの配慮であり、そしてもう一つは『庶民が死ぬその瞬間まで、まるで豚や鳥などの家畜と同等に扱われた挙句、無残にも殺され地面へと這い蹲されて死ぬことは不名誉である』との嘆きから、ギロチンを用いた処刑が痛みを問わない人道的且つ身分を貴族や王族のそれと同等に扱うべき、名誉ある死であるべきだとの考えに基づくものであった。


 柱の間と間にあるギロチンの刃上部にはいくつかの穴開けられており、そこへロープを通し吊り下げられ、その先は背後にある処刑場の土台へと結ばれている。

 死刑執行時には、そのロープを斧または剣で斬ることでギロチンの刃自らの重さで真下へと落下し、木枠で固定されている罪人の首を容易にねる……と言った簡単な仕組みであった。


「いつまで眺めているのだ!?」

「ぐっ」


 どこか他人事のようにボーっとしていると、兵士に首後ろを捕まれてしまい、デュランは半月状に開けられた首を置く台へとその身を委ねてしまう。


 ガコッ。

 そして上から残りの木枠が嵌め込まれ、とうとうデュランは身動き一つすることができなくなってしまう。


 唯一動かせるのは口だけで、手も足も、そして顔すらも動かすことが出来なかった。

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