第214話 逃亡の末に起こった悲劇
ツヴァイが食事を終えたのとほぼ同時に、デュラン達の罪に対する審判が下される時がやってきてしまった。いつも牢の見回りをしている看守とは違い、鎧や兜などで武装した兵士達が数人、デュランとツヴァイ、それぞれが居る牢の前へとやって来たのである。
「……二人とも出ろ」
有無を言わさずと、その一人が牢の施錠を外してデュラン達にそう呼びかけた。
二人は手をロープで縛られると抵抗することもなく、彼らに導かれるまま牢の外へと連れて行かれる。
「おい、俺達はこのままどこに連れて行かれるんだ? まさかパーティ会場にでも、招かれるわけじゃないだろうな?」
「…………」
デュランがそう訪ねてみても、彼らは黙ったまま何も答えることはなかった。
「ここで止まれ」
そうして暫らくの間、地下にある牢から上へ上へと歩かされると、ある扉の前で立ち止まるよう言われたデュラン達はその指示に従う。
どうやら目的の場所とは、地上のようである。
キィィィィィッ。
茶色とも黒色とも言えぬ古めかしい木製扉が開かれると、外の光が暗闇の支配する地下へと差し込む。
「ぅぅっ……眩しい」
「んっ」
数日ぶりの日の光に照らされ、デュランもツヴァイも反射的に顔を背けてしまう。
そして数秒の間の後、外の光景が顔を覗かせる。
そこはなんと街中であった。
裁判所の地下深くにある罪人の牢はツヴェンクルクの街中央に位置し、ちょうど
「まさか、地下牢が街中央のこんなところに通じているなんて……」
「……あんた、処刑とか見たことなかったのかよ?」
「そういえば……今考えてれば、これまで一度も無かったかもしれない」
「はんっ。そうかよ……。やっぱり変わってるぜ、アンタは……」
デュランが何気なくそんなことを呟くと、ツヴァイがそう聞いてきた。
彼に言われて初めて、『そうである』とデュラン自身も自覚する。
(確かに言われて見れば、俺は一度たりとも処刑の執行を目の当たりにしたことは無かったな。悪趣味というか、そもそも性に合わないないから興味すら持たなかった。だが、これは……)
だがしかし、そんなデュランの思いとは裏腹に、彼らの目の前にはこれまで見たことも無いほど、多くの民衆がそこへと集まっていたのである。
もちろん場所が街中央であるということもあっただろうが、それにしても簡易的に設置された処刑場へと、これほどの人々が集まるとはデュランでさえも夢にも思っていなかった。
この時代の処刑とは、一種の娯楽のような兼ね合いを持ち合わせており、男達はもちろんのこと、その見た目まだ10歳にも手が届かないような女子供まで、その一部始終を見ることがあったのである。
それはフランス革命時代の終わり、それまで傍若無人な振る舞いと庶民を苦しめ贅沢の極みを謳歌してきた貴族や王族達を見せしめとして斬首やギロチンで処刑し、庶民の
その名残りとして未だこの国であっても、処刑執行がそのように捉えられてもいた。
(異常な光景とはまさにこのことだろうな。まだ若い女性や年端も行かぬ子供まで居るのか? 罪人とはいえ、人が死ぬ瞬間を見る。そこには興味本位の他に自分達の運命を憂い嘆き、そして絶望を目の当たりにする……か)
もちろんそこには娯楽という名の興味本位もあるだろうが、その他に裁判所判事や貴族の理不尽な振る舞いの結果を見届ける。
そして刑を執行される罪人の残された家族、また明日は我が身であるとの哀れみとも嘆きとも思えず、その場へと導かれた庶民が集っていた。
そこには今か今かと処刑を待ち望む者をはじめてとして、手で目を覆い顔を背ける者、訳も分からずこれから何が始まるのかと集まっている者、またそれは庶民だけでなく、一見して貴族のそれと判断できる男性や良家の令嬢が着飾るようなドレスの女性など、その身分を問わず集まっていたのだった。
もちろんそのどちらにも、名も無き庶民と格式高い貴族達とを隔てる見えない壁のようなものが存在しており、両者が入り乱れていることがなかったのは言うまでもない。
「ほら、キリキリ歩けっ!」
「痛っ」
デュランはその異様な光景を目の当たりにしながらもボーっと眺めていると、兵士の一人から背中を強く押され前のめりに倒れてしまいそうになったが、それでも二歩三歩っと押された勢いそのままに前へ歩み出ることで左足に力を入れ踏み止まり、どうにか事なきを得る。
「……そんなに珍しいか?」
「ああ、まぁ……な。この街にこれほどの人が居たんだなと思うと、不思議に思える」
それから再び歩み出すと、ツヴァイがデュランの隣へと寄り添いそう声をかけてきた。
デュランは聞かれるがまま、何気なくそう答えると何故かツヴァイは不敵な笑みを浮かべていたのである。
そして次の瞬間、彼は思いがけぬ行動へ移る。
「へぇ~……そうかよ、っと!」
「うわぁぁっ!?」
「貴様っ! 何をしているっ!!」
「ちっ」
「と、逃亡者だっ! 追え追えっ!!」
ツヴァイがわざと歩みだしているデュランの足へを引っ掛け、彼のことを押し倒してしまったのだ。そうしてそうかと思っていると、彼は倒れた勢いそのままに前方の方へと走り抜けて行ってしまう。
一瞬のことで兵士達は動揺していたが、それでも統率が取れていたのか、すぐさま逃亡したツヴァイのことを追いかけて行く。
ピーッピーッ。
異変を即座に周りへと知らせるための笛を常備していたおかげか、すぐさま別の兵士がツヴァイの前へと立ち塞がった。
「邪魔だあぁぁぁぁぁ、そこをどけえぇぇぇぇっ」
「ふん!」
「ごふぅっ」
ツヴァイは避けることなくそのまま向かい走り、体ごと目の前へと兵士にぶつかろうとする。
だがしかし、彼ができるのはそこまでだった。兵士はその右手に持っていた槍で勢いそのまま、彼の左胸を突き刺してしまったのだ。
そして何事もなかったかのように串刺した槍をツヴァイの体から引き抜くと、彼の胸から血が滲み出し上着と地面を黒一色へと染め上げていった。
その瞬間、支えを失ってしまったツヴァイの体はまるで操り人形の糸がすべて切れてしまったかの如く、力なく前のめりとなって地面へと倒れてしまう。
「こ、この野郎……よくも逃げたなっ!!」
「ぐ…はっ……」
「コイツめっ! いらぬ手間をかけさせやがって!!」
「ぐぅ……っ」
取り逃がした兵士が追いつくと地面に横たわるツヴァイの背中目掛け、囚人への懲罰に用いる見るからに痛そうな木の棍棒で彼のことを殴り始める。
数人がかりで殴られ、彼は地面へと蹲ることしかできずにいた。
「…………」
そうしていつしか、彼は物言わぬ
「あっ、あっ、あっ……」
デュランは人が死ぬ瞬間を
なんせ今目の前で起こった出来事は現実なのだ。そして鼻奥を嫌についてくる鉄の匂いを感じ始めてもいた。そしてデュランは自らの過去を思いだしてしまう。
正確にはデュランが人の死ぬところを初めて目にしたわけではなかったが、戦地へと赴いていたこと、そして捕虜として収監され耐え難いほど苦痛な生活を強いられたことを記憶の片隅に置き、忘れ欠けていたのである。
それは人間なら誰しも備わっている自己防衛本能の一つだったのかもしれない。
人は無意識のうちに自分の身または心を守るため、記憶に
デュランにとってそれは人の死であった。
(忘れていた……俺はこの手で人を……何人も……。それに共に捕虜となった仲間達も、みんな国に帰ることを願いながら死んでいったんだ……)
だがそれも、人の血の匂い……それが彼の過去にあった辛い経験や思いまでも甦らせてしまったのだった。
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