第211話 地下牢での話し相手

「んっ……んんっ。こ、ここは……? いたたっ。体中に痛みが走って……」


 判決が下された翌日の朝、デュランは見知らぬ暗い牢の中で床の冷たさと昨日受けた体への痛みから目を覚ましてしまう。


「……そうか。そういえば昨日は……クソッ! 少しくらいは手加減してくれよな。ったく」


 そしてようやく寝惚けた頭が事態の深刻さを捉え始める。

 だがしかし、いくら考えようが既に自分の行く末は決められてしまっていたのだ。


「でもまさか、ルイス……いや、他の判事達まで法を捻じ曲げてくるとはな。そこまでやるとは予想外だった。本当にこの国は、庶民のことなんて考えてもいない腐った国へと成り下がってしまった。なら、俺は一体何のためにあの戦争に赴いたんだ? それこそ意味なんて……っ」


 デュランは改めてこの国が権力や金のある一部の人々に支配され、社会全体及び法までも機能していないことを知ることとなった。

 そして終いには数年前、自ら赴き参加した東西戦争についても疑問が生じ、そこで自ら成そうとしていたことに対する意味の無さを自覚してしまう。


 彼はあの戦争で多くの大切な物を失ってしまった。

 家の財産や名誉はもちろんのこと父親や婚約者など、それこそ掛け替えの無いものを失い、今日に到るまで生き抜いてきた。けれどもそんな命も、今ではいつ消え去ってしまうか分からない。


 あの裁判で判決こそ言い渡されたデュランであるが、その刑への執行……つまり自らの処刑がいつ行われるかまでは知ることもできないのである。

 これは重罪を犯したものに対する罪の重さを自覚させ、そして恐怖心を煽る目的でもあった。


 だがそれでも処刑執行という物事が行われるのは決まって午前中もしくは正午前後であることだけは知っていた。つまり午後までこの場に留まることができれば、その日は死刑執行の日ではないことを暗に示すものである。


「そもそも俺はどのくらい気を失っていたんだ? もしかすると裁判は昨日のことじゃないのかもしれない。となると、今日は裁判から翌日……いや、翌々日になるのか?」


 だがしかし、この暗くジメジメとした地下牢では時計は愚か、太陽の光すら差し込む窓すらなかったのである。デュランには時間どころか、今日が何日なのかすら分からなかった。


「アンタは……昨日、ここに連れて来られてきたぜ」

「っ!? だ、誰だっ!? どこにいるんだ!?」


 ふと今自分が置かれている状況を確認するためにそんな独り言を呟いていると、どこからともなく声がかけられた。

 デュランは慌てて自分の牢や向かいへと目を向けてみるが、誰も居なかった。


「あんたの牢から右隣に二つ目のところさ」

「右隣に二つ目……」


 そしてデュランは声が導く方、右側の鉄格子へと体を寄せてみる。

 そこからでは鉄格子が邪魔をして、せいぜい隣の牢を辛うじて覗き見ることくらいしかできなかった。


「おりゃ~、ツヴァイってもんだが、あんた……名は?」

「……デュランだ」


 その男はツヴァイと名乗ると、デュランにも名前を聞いてくる。

 特に隠す理由もないため、デュランも問われるまま名を告げた。


(この男……どこで聞いた覚えのある名だ。一体、どこだったかな……)


 デュランはその名をハッキリと覚えてはいなかったが、そう選択肢は多くはなかったため、とりあえず思い浮かんだことを口にしてみる。


「もしや……失礼だが、俺の前に死刑の判決を受けた男じゃないか? 確か……ブルスマン……ブルスマン・ツヴァイだったか?」

「おっなんだ。俺の名を知っているのか? アンタも俺の後に裁判を受けたかい? ま、もっともそれもここの牢に居る時点で、大方の察しがついてはいたがな。ここにゃ~、死刑の判決を受けた囚人だけが収監されることになってるんだよ」

「なるほど……だから人がほとんど居なかったのか」


 その言葉に釣られる形でデュランが辺りを見回してみると、自分とツヴァイの他に誰も牢に居る様子はなかった。

 

「みんな数日のうちに居なくなっちまうからな」

「たった数日……」


 ツヴァイがしみじみとそう言葉を口にすると、デュランはその意味を痛いほどに理解した。


 つまり裁判の判決で死刑を受けた囚人がここに数日の間だけ収監される場、死刑執行を待つ囚人達にとってみれば最後の拠り所であるとも言える場所なのだ。

 ここを出て日の目を見ることができるのは、ただの一度きり。つまりその日が死刑執行日となるわけである。


「っっ」

「……なんだ、泣いてんのか?」

「違うさ……泣いてなんかいやしない。むしろ腹立たしいんだ」


 声にならぬデュランの声を耳にし、ツヴァイは彼が自らの死を受け入れられず、泣き打ちひしがれているのだと勘違いしていた。

 デュランのそれは泣いているわけではなく、悔しさに苛まれて憤っていたのである。


 だがそこで、ふと疑問が生じ聞いてみることにした。


「一つ聞きたいのだが……」

「ああ、いいぜ。遠慮せずに聞きなよ。どうせここにゃ、話し相手も俺とあんたしかいないんだからな」

「そうか。ならば遠慮せず……ツヴァイ、アンタは何も感じないのか? 数日後に迫った死に対して、何の疑問を抱くことがないのか?」


 デュランはツヴァイの落ち着いた口調と態度に違和感を覚えていたのである。


 自分の記憶が正しければ、確か彼は自分と同じく理不尽なまでの判決の末、死刑を言い渡されたはずであった。それなのに今の彼の言葉からは動揺の色すら一つも見せていなかったのである。それは通常ならば、まずありえないことであるとデュランは思い、彼に直接聞いてみることにした。


「死……か。あんた、確かチラっと見た限りじゃ、まるで貴族ような身なりをしていたな。もしかして元は貴族か身分の高いお偉方だったのか?」

「……それが何か関係があるって言うのか?」


 唐突にツヴァイはデュランの身分が貴族であるのかと聞いてきた。デュランは何を言いたいのか分からずに、また自分の問いにそれが関係あるのかと疑念を抱いてしまう。

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