第208話 判事としての矜持
(どうする……こちらから休廷を申し出れば、それこそデュランの奴は今以上に調子に乗ることだろう。クソッ!! またしてもやられてしまうのか……)
ルイスはこの場をどう凌ぐことができるのかと躍起になり、デュランの主張を退きつつ、自分達が有利になるようにと考えていた。
だが何も思い浮かぶことはなかったのである。
「ぐぬぬぬぬっ」
ルイスと同じくボルトまでも同じ表情を浮かべ、以前自分の屋敷で見せていたような余裕の笑みは今は影をひそめていた。
そしてもう一人の判事へと目を向けると、何やら忙しなくこの国の法律が記された分厚い書を捲っていた。
(今頃そのようにしても、あまりにも遅すぎる。それにこれほどの人々の前で、そのような行為をすること自体、我々の恥以外の何物でもない。奴に判事としての矜持は持ち合わせいないのか?)
ルイスは彼を見てそう思ってしまったが、それでもルイスやボルトのように何もせず、ただその場に座り唸り声を上げているよりは幾分マシであった。
そして彼の努力は報われることになる。
「あっ、あった! ついに見つけましたぞ、ルイス判事ボルト判事っ!」
「はぁーっ。一体何があったというのですかな、ミラー判事?」
何かを見つけたと言わんばかりに、もう一人の判事がルイスとボルトに書を広げながら見せてくる。
ボルトは少し怪訝そうな顔でそう受け答えてはいたが、あまり興味は示してはいなかった。
それも当然のことだった。
現状この法廷の場はデュランの言葉に一進一退、それこそ自分達の地位や名誉が今まさに脅かされたのである。
「ミラー判事、何を見つけたというのですか? もしや、この状況を打破する法律を……?」
それでもボルトとは違い、ルイスだけは何かしらミラーが妙案を思いついたのかと興味を示した。
「えぇ、えぇ。そうですとも。これを見てください」
「これ……は? 連邦法の一文……ですよね? ミラー判事、これが一体どうしたというのですか? ここは州の裁判所なのですよ。そもそも連邦法は適応外なはず……」
ミラーは今更ながらに、連邦法が記載されている条文を必死に探し求めていたのであった。
今この場は地方にある小さな州憲法裁判所であり、この国の司法において国家最高権力を有する連邦憲法裁判所ではなかったのだ。ボルトが興味を示さなかった理由もまた、そこにあったわけである。
裁判所において審級制度上の最上級審『連邦憲法裁判所』が最たる上位に位置すれば、各地方に設けられている州憲法裁判所は下位の地位に値する。
そのどちらの裁判所においてもその独立性が優先され、国家の要である連邦憲法裁判所には連邦法が適応され、州憲法裁判所には各州における州法が適応されるわけである。
また連邦法が州法の領域範疇を犯すことはあっても、州法が連邦法を犯すことは
それは彼らの地位や権力闘争、それに州裁判事への人事権を連裁が持っているというのが、その最たる理由でもあった。
「それはそうなのですが……ですが、国家の連邦法に記載されている塩事業法の一文が適応できるのではないかと思いまして……」
「塩事業法が? ちょ、ちょっとそれを見せてください」
「えぇ、構いませんよ。それと合わせてこの
ミラーのその一言を受け、何か引っ掛かりを覚えたルイスは彼から連邦法が記載されている連邦法規書と、それに纏わる判例本書を受け取った。
「なるほど……塩事業法第7条に記載されている法人税に纏わる判例か。これならば……ふふっ」
そしてそこに開かれているページを真剣な顔を読み進めていくと、ルイスは何故かニヤリと笑みを浮かべてしまう。
「どうです? これならば、罪に問えるのではないでしょうか?」
「そう……ですね」
そこでルイスはようやくミラー判事が何を言いたいのかと、理解することができた。
一般的に国家へ直接纏わる租税に関する公法上の紛争事件を取り扱うのは、連邦税務裁判所が執り行うはずである。
だがそれでも州憲法裁判所が、そのような判例を用いることもしばしばあるわけだ。
連邦法を犯すことは禁止事項であるが、その判例を生かすことは州裁においても適応できる、というのがミラー判事なりの法的解釈の仕方であった。
判例とは即ち、過去に起こった裁判での
つまり同じ事案における裁判をしなくても既に結果が示されており、そのまま適応すれば良いというのが判例なのだ。
一般的に裁判をする一歩手前である民事事件の賠償問題の和解において適応されるのが、極々一般的使い方であった。
これは裁判費用及び弁護士費用の節約は元より、裁判をせずとも良いという円滑性を鑑みると、非常に効率の良いとも言える。
また過去の判例を覆すことは容易でないため、実質的に判例は裁判をするのと同義である。
何故なら裁判所とは国家だけでなく、州の法律をも取り扱い、実質的に国の最たる権力と言える。
よって過去の事例とはいえ、自分達組織が下した判決を覆すということはまずありえないと言えるわけである。
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