第207話 ルクセンブルクの懸念

「どうなっているんだ、こりゃ? デュランが何か喋り始めたと思ったら、判事達がみんな黙りこくっちまったぞ。それに検察だかってのも、なんだか様子が変だし」

「そう……ですわね。どうやらお兄様が何かなさったようですわね」


 アルフ以下、その光景を間近で傍聴していた人々はこれまで見たことの無い判事達のうろたえ戸惑う表情に違和感を覚えていた。

 そしていつの間にか、被告人として追い詰められていたはずのデュランがこの場をも飲み込み、そして自らの手中が如く支配をしている。この場に居合わせた人々は次第にそのような感覚を抱きつつあった。


 だがそれでもデュランの弁論の猛攻は留まることを知らなかった。


「判事の皆さん、これでもまだ私が犯したという法についての罪に問えるのですか? もしも問えるというのならば、法に対して素人である・・・・・、この私にも納得することができるような法的根拠を述べてください」

「「「……」」」


 デュランは更に追い込む形で、そう判事達に言葉を投げかける。

 だが、判事達は一様に反論する術を失っていたのであった。


 なんせ法律として書かれている条文をそのまま解釈するのならば、先程デュランが述べた通り、彼のことを罪に問うことはできないことになる。

 強引にでも法とそれに纏わる条文や過去の判例を鑑みることで、もしかすれば別解釈をすることもできるかもしれない。


 だがしかし、それには膨大な準備とともに数ヵ月に渡る時間が必要となってしまう。

 今この場で結論付けることも、また保留にすることもできず、デュランの目の前に座っているルイスをはじめとした判事達は押し黙るしかなかったのである。


 何故なら法律の専門家ではないデュランにここまで追い詰められた上、判決を保留にすることはそれ即ち、自分達の知識が素人である彼よりも圧倒的に劣ってしまっていると、自ら証明することに他ならないからだった。

 それは何も判事達だけでなく、デュランの罪を問う主張をした検察側も同じであった。だが彼らの立場は判事の“それ”とは比べ物にならない。


 なんせ彼らは任期任命制を主としている判事とは違い、法律を生業としている集団なのである。

 言わば判事や弁護士よりも法に詳しく、絶対的な存在でなければいけない。そうでなければ名実共に、検察及びその下位互換である警察の威信は地に落ちてしまうことになるだろう。


 それでもデュランのことを無罪にするわけにも、何の法律的根拠なく有罪にすることもできずにいた。

 これこそデュランが弁護人を退き、自ら弁護すると述べた最たる理由でもあったわけだった。


 もしルクセンブルクに弁護を頼んでいたとしても、このような事態にまで追い込むことは実質不可能と断言できる。

 なんせ彼は今後も弁護士として法廷に立たなければならず、デュランとは立場も置かれている状況も違うのだ。一度判事や検察に目を付けられれば、それこそ次に被告人として立たせられるのは彼の番になるかもしれないからである。


(彼が想い描いていたのはコレだったのか……。ふふっ。さすがはあのルークスが“興味深い人物”と認めただけのことはあるな。それに彼が口を開けば、目の前に座っている判事や検察に有無を言わすことなく黙らせてしまうほど、言葉に知性と力までも持ち合わせてもいる。彼こそが、今のこの国の法……いや、国そのものを変えることができる人物なのかもしれない……)


 ルクセンブルクは今この法廷で何が起こっているのか、理解することができる唯一の第三者でもあった。

 この状況に加われない自分自身を嘆くどころか、むしろ愉快であると思っていたほど。


 事実、この法廷内はデュランただ一人の言葉に飲み込まれつつあった。

 そしてこの国の流れまでも変えることが出来る……そのようにも、ルクセンブルクはデュランに対する可能性を感じ始めていた。


(きっと彼は遠くない日に、いずれこの場へと舞い戻ってくるはず。そのときは今彼が立っているあの場ではなく、別の場所へと座っていることだろうな)


 ルクセンブルクはそう心内で思いながら、判事達が座る席へと視線を移した。

 そこにはルイスとボルトの顔色が状況に応じて目まぐるしくも、赤色やら青色やらへと次々に変わっているのが彼の座っている席からでも容易に見て取れた。


 彼らの真正面で堂々とした態度のデュランとは違い、彼らの様子は弁護士であるルクセンブルクの目から見ても、まるで子供のようである。

 だが、それも無理はないことだったかもしれない。


 なんせ法に素人だろうと高を括っていた相手に自分達の縄張りである法廷の場において、見事に返り討ちに遭ってしまったのだ。

 それこそ半世紀近くにも渡る歳月の間、また法に携わる一人として、彼らの心中を推し量れる立場の自分としては同じ心境を胸に抱いてしまったのも事実である。


(判事である彼らのことまで、手玉に取ってしまう……か。なるほど、彼は末恐ろしいな。それに私自身、彼らのやり取りを目の当たりにしてしまい、どこか悔しいやら嬉しいのやら自分でもよく分からない感情に苛まれてしまってもいる。だが、ここまで彼のことを駆り立てるのは何故なのか? 貴族や判事達のような、金や名誉が欲しいだけの“ただの欲”だけではあるまいに。一体、何が“そう”させるのか……。私にはむしろ、彼自身がその状況を自ら望んでいるようにも見受けられるのだがな)


 そしてルクセンブルクはデュランがここまでする理由について考え始めてもいた。


 もちろん有罪を求刑され、明日には死刑を受けるかもしれない身とも成れば当然ながら、自分のことを守ろうと保身に走るのは当然のことだろう。

 けれどもデュランの場合には、保身に走るそれ以前の問題なのである。


 なんせデュランは昨日の時点で既にこうなることを予想しており、また法に関して一切の予備知識無く、法に精通しているはずの検察や判事達を追い詰めていたのだ。


 それは通常ならば、まずありえないことである。


 もしそんなことがあるとすれば、それはこうなることを随分前から予想し自らが犯しているであろう法を熟知、そして努力と多大な時間までもが必要となってしまう。

 それこそ自らその状況へと追い込まない限りは、予見も予想もできるはずがなかったのだった。


 そしてそれこそがルクセンブルクがデュランに対して、興味とともに恐怖心を抱く理由でもあった。

 彼の目から見ても、今のデュランの表情は嬉々としており、まるでデュラン自ら・・・・・・この状況を作り出し方のように思えてならなかったのである。

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