第206話 ルイスの驕り高ぶり

「法的根拠……ですか」

「ええ、そうです。貴方は先程、自らを弁護すると述べた。ならば、自らの行いがどのような法を犯し、そして無罪だと主張するのか、その根拠を法的に述べるべきでしょう。違いますか?」


 判事の一人からそのように言われてしまうと、デュランは言葉を詰まらせてしまう。


 それも当然のことであった。

 なんせ彼は弁護士の資格を有してはいないのだから……。


 ちなみにだが、弁護士資格を有していなくとも弁護することは可能である。

 ならば、何故告訴された人々は誰も彼もが弁護士を弁護人として依頼するのだろうか?


 その理由は先程判事が述べたとおり、反論するには法的な根拠を正しく述べなければいけないのだ。

 例えば原告側が法律に基づいて相手のことを提訴した場合、それに反論するにはそれに順ずるべき法律を正しく理解する必要性が生じ、もしそれができなければ、在るがままの現実を受け入れるほか道はない。


 また自らの正当性はもちろんのこと解釈の違いや認識、そしてその法が現実に沿うのかなどを鑑みることで脆弱性を見つけるしかない。

 法律とは即ち、それまでの歴史の積み重ねであり、時代が進むにつれて現実の問題と乖離するので、記載されている法律と現実問題とがそぐわないこともあるわけなのだ。


 それらのことを法的根拠または法的解釈と呼び、弁護士はそれに沿う形で被告人を弁護することになるのである。


「弁護人、反論できますかな?」

「…………」


 判事に法的根拠に付いてを促されてもなお、デュランは未だ黙ったままだった。


 その場に居る誰もがデュランには弁明する機会すら無いのだと諦めかけたそのとき、彼はこう口を開いた。


「えぇ、それではそこに座っている皆さんの期待を裏切らないよう・・・・・・・、今から法的根拠について説明したいと思います。まず先程、検察側が主張した塩の製造及び販売は法律で厳しく規制され、国の許可なしで行った場合には厳罰に処す――とあります」

「んっ……んんっ?」


 デュランが先程検察側が用いた言葉を繰り返したので、何故そんなことをするのかと判事の一人は首を捻ってしまう。


「べ、弁護人。それは先程、再三に渡り確認したはずでは……」

「ですがっ! そこに座っている判事の皆さんは、法の一文にこうも記されているのをご存知なのでしょうか? 『営利目的の場合には……』と。そう、私が行ったのはあくまでも『組合員の出資に対する配当金代わり』として……。岩塩から塩の精製・・をしたのも、そういった理由になります」

「なっ!」


 デュランの弁明を諌めようと判事がその場で止めようとしたが、デュランは構わずに強い言葉で続けていく。

 そしてデュランが今口にした営利目的という一文があるのかと、慌てながらに国の法が記載された黒く分厚い州法及び連邦法全書のページを急ぎ捲り始めた。


 だがその間もデュランは言葉を続けていた。


「つまり法的解釈の元では、先程検察側が述べたような国の法であり、遵守すべき塩事業法に記載されし塩の製造・・及び販売・・には当たらないと言えます。よって私は無罪になるのですっ!!」

「…………ぐっ」


 デュランが言い終えるとほぼ同時に、法について確かめていた判事がその一文を見つけてしまい、見るからに分かり易い表情を浮かべ、顔をしかめてしまう。


 確かに但し書きとして、デュランが口にしたとおりに『営利目的を主とした場合の塩の製造及び販売……』などと記載されていたのである。

 逆を言えば利益を求めない非営利・・・であるならば、たとえ塩の製造をしたとしてもそれは法には触れないことになる。また販売についても直接的にも金銭のやり取りを行ってはいないので、何ら法律で禁止されているものには当てはまらないというデュランの主張には一貫性があった。


 判事は愚か検察側、それに書記官などがデュランの弁に驚く最中、ただ一人だけ冷静な者がこの場に居た。それはルイスである。

 彼は今デュランが口にした言い分に対して席から立ち上がり、こう反論する。


「だ、だがっ!! 出資金を受け取り、その配当金代わりとして製造した塩を配ったのでは、株式における配当金と同じ直接的な営利目的になるのではないかっ!? ち、違うかデュランっ!!」

「……ふん。さすがはあのオッペンハイム商会を率いる当主と言ったところだな。そうだ、株式会社として・・・・・・・塩の製造及びそれらを配当金として渡せば、今お前の言ったとおりになるだろうな」

「ほ、ほれぇ~みろっ! 今、デュランは自らの過ちを認めたのだぞ! これ以上は……」

「だが、それでもルイス……お前はいくつか重要な点を見落としてもいる」

「な、なんだと……この期に及んでそのような嘘を……」


 ルイスの言葉を受けたデュランが有無を言わず認めると、彼はこれ以上は時間の無駄だと遮ろうとする。

 けれども、デュランは余裕の笑みを浮かべつつ、ルイスの言葉に隠された弱点を突く。


「嘘じゃないさ。さっきお前も口にしたはずだぞ……」

「い、一体何を……っ!? ま、まさか……」


 そこでルイスは気が付いてしまった。デュランが何を言いたいのかと。


「ようやく気が付いたのか、ルイス。そうだ、あくまでも俺が立ち上げた製塩所『リトル・ウィッチ』は出資金を大本にした組合員制・・・・だ。株式会社でもなければ、一般企業でもない。だから一般庶民がウチの塩を買おうにも、リトル・ウィッチに出資して組合員にでもならない限り、塩を買うことはできないことになる。これがどういうことかというと、ウチの塩は一般消費者向けの商品ではないために継続した利益を得られないことになる。つまり利益を求めない非営利団体となるわけだな。それに法律では海水からの・・・・・塩を製造することは禁止はされているだろうが、岩塩からの・・・・・塩への精製については一切触れられていない。リトル・ウィッチでは海水を用いた塩の製造ではなく、岩塩から塩の精製だけをしている。ちなみにだが、その後の出資者達についても、店先では実際に塩と金銭とのやり取りが生じてはいない。つまり金銭の行き来が生じえず、売買は成立していないことになるわけだな。金を対価として受け取っていなければ、塩を販売したことにはならない。どうだ、これでもまだ俺に突っかかる気なのか、ルイス・オッペンハイム判事っっ!!」

「っっ!? ぐぬぬぬぬぬっ」


 デュランが大立ち回りとして大げさにルイスに向かい大声でそう説明すると、彼は反論の余地無く悔しがることしかできずにいた。


 そう以前マダム達と話したとおり、デュランが運営する『リトル・ウィッチ』は組合員制度であった。

 出資者達に直接塩を売るわけではなく、その後の彼女達でさえも別途、店先で庶民達に直接販売しているわけではなかったのだ。


 塩を買いにきた客達には一旦、店に置いてある商品をお金を出して購入してもらい、そのうえで購入したばかりの商品と塩とを等価交換する。

 つまりこれは塩の売買ではなく、物々交換となり得るわけであり、そもそも法に触れる販売方法ではなかったのだ。 


 ルイスはデュランを裁判所へと引きずり出すところまでは成功したのだが、以上の点に対する確認を怠ってしまったため、逆に返り討ちに遭ってしまったのである。 



【補足事項】

 実際に日本でも塩の専売が解かれる1997年までの間、法的解釈のもと出資者を募り会員制とすることで海水から作られた塩を受け取るという組合を立ち上げた事例もありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る