第205話 反逆への前奏曲(プレリュード)
(この期に及んで、デュランの奴は一体何をトチ狂ったことを述べているのだ? しかも言うに事欠いて、自らを弁護するだと? ははっ。そんなもの見たことも聞いたこともないことだ! だが、しかし……)
ルイスは内心焦っていた。
予定ならば、自ら選んだ弁護人である老人のルクセンブルクが彼のことを弁護し、反論の余地もないまま判決が下されるわけであった。
それがまさか、デュラン自ら自分自身を弁護するなどと、口にするとは夢にも思っていなかった。だがそれでも、デュラン本人には弁護士に匹敵するほどの法的知識は無いものだとルイスは高を括る。
「(ルイス判事、どうしますかな? 自分を弁護するだなんて、私は聞いたこともないですが……このまま彼の主張を拒みますかな?)」
「(いえ、ボルト判事。このままで良いのでは? 彼には自らを弁護できるほどの知識は持ち合わせてはいないはず……ならば彼に
「(ワシもそう思い、一応今し方、法律を調べてみたが……彼の言うとおり被告人を弁護できるのは、弁護士でなくとも良いことになっておる。じゃが、ここまで大言壮語なまでの言葉を口にされては我々判事の立つ瀬がない。ルイス判事の仰るとおり、これは我々に対する宣戦布告と見なすしかあるまいに)」
判事達は内々で顔近づけ、小声でデュランが今口にしたことに対する協議をしていた。
そして彼らの一つにまとまり、彼の処遇は決められた。
「こほんっ。君の主張を認めましょう。……前へ」
「ありがとうございます」
ルイスが代表となり、デュランの言い分を認めることになった。
デュランは礼儀として感謝の言葉を述べ頭を下げると、前へと出てくる。
「(おいおい、弁護人とかいうのはどうなっちまったんだよ? なんで寄りにも寄ってデュランが前に出てるんだ?)」
「(私に解かるわけありませんわ! ですが、お兄様には何かの考えがあってのことでしょうね)」
傍聴していた人々は小声で、今何が起こっているのかと把握することに努めていた。
こんなことは前代未聞あり、判事三人を除き、みんな未だに戸惑っている。
だがそんなことをお構いなしと言った具合に、デュランは本来弁護人が弁護する場である法廷内の中央付近にある証言台へと躍り出た。
「さて、少し間が空いてしまいましたが、弁護人……反論をどうぞ」
「はい」
そして判事に促されるがまま、デュランは自らを弁護することになった。
(落ち着け……大丈夫だ。きっと上手くやれるはずだ……)
(くくくっ。どんな見世物かと思えば、まさかデュランの奴が弁護人を拒否して、自ら弁護しだすとはな。これほどの見世物は滅多にお目にかかれるものではない。私はじっくりと、楽しませてもらうことにするよ……この判事の席で、ね)
デュランが判事達が座る席の正面へと立つと、待ち構えていたかのようにルイスが不敵な笑みを浮かべている。
それはまるで子供が新しい玩具を与えられ、嬉しがっているようにデュランには思えていた。
だがそれでもデュランは目の前の男を倒すため、そして自らの身を守るため、大勢の傍聴する人々の視線に晒されながらも一切臆することなく、こんな言葉を口にした。
「私はこれまで20年という歳月を生きてきましたが、一度たりとも自ら恥じる行動をした覚えはありません。先程、検察側が主張したもの……そのすべて間違いであると、ここに反論いたします! よって、私デュラン・シュヴァルツは無罪に相当するものと思います!!」
「なっ!?」
「んんっ!?」
「これは……」
デュランが開き直りとも思える言葉を口にした途端、彼の真正面に座っていたルイスはもちろんのこと両脇の判事や検察側、そして成り行きを見守っていた傍聴席に座っている人々から困惑とも取れる言葉が漏れ聞こえてくる。
なんせデュランは検察の主張、そのすべてを真っ向から全否定してしまったのだ。
その上で自らの行いを恥じるものではなく、無罪であると反論したのである。
「と、とてもじゃないが弁護人が正気とは思えないっ! 判事っ! これ以上、彼の言い分を聞く必要はないのではないですか!?」
さすがこれには検察側は、猛反発する姿勢を見せてきた。
それも当然のことである。素人が自ら弁護するとしゃしゃり出て来たかと思えば、次は自分達の主張を全否定してきたのだ。己の仕事に
コンコン、コンコン。
判事の一人が未だ収まることのない法廷内のざわつきを沈めるため、木槌を強めに打ち鳴らす。
「みなさん、静粛に。静粛にお願いします」
そしてようやく法廷内は、先程までのざわつきが嘘のように静まり返ってしまう。
「こほんっ。デュラン・シュヴァルツの
そのタイミングを見計らい、透かさずルイスがデュランを合法的にも追い込もうとそう口を開いた。
ルイスはデュランが法の知識に疎く、ただの感情のみで突き動かされているものであると予想しての言葉の刃だった。
通常ならば弁護人は法に精通しているため、反論すべき事柄がどのような法に違反または合法であるのかという、法的な根拠を判事達に説明しなければならない。
時には法律に書かれている事だけでなく、過去の裁判で判決に下された主文を用いる判例(または裁判例)により、反論することが出来るのである。
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