第204話 法廷の場にて

 デュランもまさかこの場にて、ルイスの姿を目の当たりにするとは思わずに激しく動揺してしまうが、それまでだった。なんせここは公平さと法を重んじる法廷の場……裁判所なのだ。そんなデュランの心理に関わりなくも導かれる形で被告の席へと連れて行かれ、ただ淡々と事が進んでゆくのを見守るほかない。


 その間、デュランの心は激しく揺れ動き、真正面に据える相手から目を離せずにいた。


「被告人、デュラン・シュヴァルツは国が管轄する塩の製造及び販売を無許可の下、利益を得た。これは塩事業法第5条1項及び第17条4項に記載されし、塩の製造また販売に接触するものであり、法を犯しているものである。またその主目的は自分の私利私欲を満たし、広く庶民を懐柔するためであり、国の法に背くものであるために、その罪状は重罪を免れない。よって検察側は……」


 デュランが問われた罪は一般的な民事訴訟ではなく刑事訴訟のため、相手方は警察ではなくて検察であった。


 検察とは現場を取り仕切る警察とは違い、法を取り仕切るべき存在『法の番人』であるとも言われている。彼らの仕事は主に刑事訴訟に属する傷害事件や殺人事件など、被害者側として被告人(加害者)などと公平さに基づき・・・・・・・争う立場にある。


 ちなみに民事訴訟とは倫理的には法を犯してはいるのだが、刑事罰には当てはまらない民事的事案の際に適応されるものを指し、その他に商法などを含めて『私法』などとも呼ばれている。


 例えば金銭を貸して相手が返さないなどや土地の所有権を争っている場合など、主に個人間同士でのトラブルである。また基本的に民事訴訟にはおいて警察及び検察が出張ってくることは、まずないと言える。何故なら彼らには、庶民同士の争いには民事不介入という暗黙のルールが存在し得るからである。


 対してデュランが罪に問われている刑事訴訟は被告が犯罪行為を行い、刑罰に値する場合に適応され、私法と対置され憲法や行政法などを含め『公法』とも呼ばれているが、各地域(州)または国によって呼び方・解釈・適応法は異なってもいる。


 デュランが今立っている場こそ、州法が適応される州憲法裁判所であった。

 この他にも国家の最たる地位である連邦法が適応される、連邦憲法裁判所が存在する。


「ふふん♪」

「ぐっ」


 検察官がデュランの罪状を読み上げている最中、ルイスはデュランの顔を見ながら不敵にも笑みを浮かべていた。

 それはこれからどんな罰を与えるかと楽しみにしているようでもあり、自分に刃向かったことに対する皮肉も込められている。


(何かしら関与はしてくるとは思っていたが、まさかルイス本人が判事の一人になってしまうとは想定外のことだったな……)


 デュランはようやく冷静さを取り戻し、ここからどう反撃するかと思考を巡らせる。


 ルイスが何故、今この場に判事の一人として居るのだろうか?

 それはボルトのことを屋敷へと呼び付けた際、デュランのことを塩の製造と売買を理由に法廷へと引きずり出す頼みごとの他に、自分のことを判事の一人として任命すること。これこそがあの時、彼がボルトへと口にしたもう一つの頼みであったのだ。


 通常における判事とは、誰も彼もが容易に成ることができるわけではない。

 だがしかし、州憲法裁判所においての判事とはいわゆる名誉職であるため、ルイスのような普段から法に携わる仕事をせずとも、判事となることができるわけだった。


 彼らは名誉職裁判官とも呼ばれ、ボルトのような判事を生業にしている職業裁判官から任意に指名されることにより、地元の権力者や貴族達が判事をすることができるのだ。

 これはフランスという国で実際に起こった1789年のフランス革命以降、庶民の意見を反映するという大儀の元、この国でもそうするようにと定められるようになったわけである。


 つまり民意を反映するという体裁において、国民の口減らしとともに自分達の権力を誇示するという目的であるのだった。

 このため、州憲法裁判所の職業裁判官における権力は他の追随を許すことは無かった。例外があるとすれば、それは上位互換(名目上は審級制度上の最上級審ではないとされている)にあたる連邦憲法裁判所の判事達くらいなものである。


(どうだい、デュラン。さすがのキミでも、これには驚きを隠せまい。いいぞ。そうだ、その顔だ。悲痛に顔を歪め、悔しがるその表情……それでこそ、ここまで赴いた甲斐があると言うものだ。トルニア株で受けた羞恥分は楽しませてもらうとするよ……デュラン君♪)


 そこには彼の執拗なまでの陰湿さとともに、一度自分へ刃を向けた者に対して自らの手で始末する……そのような意味も込められていたのである。

 デュランはこの場をどう凌ぐのか、ただそのことだけに神経を集中させる。


 コンコン、コンコン。

 そうして木槌が打ち鳴らされると、検察側が主張を終えるのだった。


 彼らはデュランが塩の製造と売買という国の法で尤も重罪を犯し、偶発的にも庶民を惑わせとして、被告人であるデュランに対してこの国では極刑にあたる死刑を求めていたのだ。


「次、被告人デュラン・シュヴァルツ。……何か反論することはあるかね?」


 判事の一人がデュランに向かってそう口にする。

 けれどもその言葉は決して公平さの欠片もなく、むしろ言い分があることすら不愉快であると言った、そんな重々しい声には感情が込められてはいなかった。


 デュランは彼の顔に見覚えがあった。

 それもマーガレットとケインとの結婚式で見かけた人物、それこそ判事の一人であるボルトである。


「…………」

「無いようだね。それでは弁護人……前へ」


 デュランは反論の言葉を一切口にはしなかった。

 次いでボルト判事はデュランを弁護すべき弁護人の主張を聞こうと、ルクセンブルクのことを手だけで前へと導く。


 だが彼は座ったまま、それに応えることはなかった。


「弁護人? どうかしましたか? もしや被告人と同じく……」

「……いえ。判事、今回の裁判で彼を弁護するのは私ではないのです」

「うん? 貴方……じゃない? では一体誰が……」


 ルクセンブルクは自分がデュランを弁護人ではないと口にすると、判事達はみな不思議そうに顔を見比べた。

 被告人の希望で弁護人を付けないことも可能だが、それは検察などの主張を全面的に受け入れるのと同義である。


「…………」

(デュランの奴は一体何を考えているのだ? 弁護人を付けないだと……ここに来て気が触れてしまい、血迷ったのか? ……いや、奴に限ってそれはない。となると、別の思惑があるに違いない)


 ルイスはデュランの顔を覗き込む形でテーブル上に少し身を伏せ、彼の様子を窺おうとする。

 だがデュランはうつむいているため、ここからでは彼の表情を窺い知ることができなかった。


「こほんっ。それでは被告人は弁護することを放棄したと見なし……」

「私が弁護しますっ!!」


 ボルト判事が被告人側の主張は無いものと見なしたその瞬間、一人が弁護すると名乗り出た。


「…………はっ? い、今……君はなんと口にしたのかね? もう一度、今口にしたことを言ってくれるかね?」

「はい。それでは……私、自ら自分を弁護する……そう言いました」


 さすがにこれには長年判事をしてきたボルトであっても、驚きを隠すことは出来なかったらしい。

 それは他の判事二人はもちろん、検察側も同じであった。


 事態が把握できていないのは、裁判の行方を見守ろうと傍聴していた人々である。

 彼らは今しがたデュランが口にした言葉、そしてそれを受けての判事や相手側の検察が驚きと戸惑いに満ちていることを不思議に思っていた。


「おいおい、デュランの奴は一体何を言い出したんだよ? なんで判事達が固まったままなんだ?」

「私に解かるわけありませんわよ。ただ……先程までの重苦しい雰囲気が変わったことだけは、確かでしょうね」


 それを見守っていたアルフとルインは口々に言葉を交わしていくが、それでも何が起こったのか分からなかった。


「リサさん、本当に大丈夫なのですか? お医者様からはもうすぐだと言われてますのに……」

「うん。だ、大丈夫だよ、ネリネ。お兄さんがどうなるか、心配なんだもん。お腹の子だって、きっとそう……っ」

「リサさんっ!?」


 リサはあれからお腹の痛みを訴え、すぐさま医者の下へ向かった。

 そしてもう予定日も近いとのことで、陣痛が始まったのではないかとここで安静にするようにと医者に言われていた。それでもリサはデュランのことが心配になり、無理を押して傍聴席に座っていたのである。


「だ、大丈夫……大丈夫。ちょ~っと、お腹がドンドンするのが強かっただけだから……」

「リサさん……」


 ネリネはそんなリサに寄り添いながら脂汗を滲ませている彼女の額にハンカチを当て、裁判が無事に終わることを祈っていた。 

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