第203話 力無き者達の嘆き

 そして更に翌日の朝、デュランの罪を問うべく審判が下される日がやって来た。

 通常ならば、最低でも一週間はその身を拘留こうりゅうされてから準備が整い次第審判を下すべく、裁判が開かれるはずであった。


 だがデュランの場合、拘束されて翌々日という異例の対応。

 ……というのも最初からデュランを裁判にかけるべくボルト判事が事前に他の判事達に根回しをしていたため、即日の内に裁判が執り行われることになったのである。


 だがどちらにせよ、いつ裁判が執り行われるかなどは一切関係のないことだった。

 何故ならボルトを初めとする他二人の判事も裁判が始まるその前から、デュランに対する量刑及び処遇が事前に決められていたのである。


 それを知らぬのは、デュラン本人と弁護人であるルクセンブルクだけであった。


「本当に私は傍で立っているだけで良いのかね?」

「えぇ、大丈夫です。貴方は何も心配する必要はないです」


 デュランとルクセンブルクは州憲法裁判所の法廷へと入るドアの前で立たされ順番待ちをしながら、最後の意志確認を交わしていた。

 周りには本日裁判にかけられる者達が数人おり、その両脇には逃亡されまいと制服を着た二人の男が各々の脇を固めている。彼らは警察官または検察官に他ならない。


 コンコン。

 前方の扉から木槌を打つ音とともに、こんな言葉が聞こえてきた。


「被告ブルスマン・ツヴァイは身勝手な都合で地主であったウィンストンの家へと押し入り、そこで盗みを働いた。またそれだけでなく、家主であったウィンストンに見つかると突き飛ばして怪我まで負わせた。また盗まれたと主張する銀の懐中時計もブルスマンが住んでいる家から見つかった。これは彼の罪を立証する動かぬ証拠である。よって弁護人が求めた減刑は棄却するとともに、情状酌量の余地はないものとする。よって州法第135条の5項を犯した罪として、ブルスマンをこの国で最も重い刑である死罪と処す!」

「「「わーわー」」」


 判事が判決を言い渡すと、中からは嘆きとも思える騒がしい怒声がデュランの元にまで届けられた。

 きっとこの裁判に対する判決の行く末を傍聴ぼうちょうしにきた庶民達がその判決を不服として怒りと悲しみ、そして慈悲無き罪への罰に対する理不尽さに異議を唱え、騒いでいるのであろう。


「はぁーっ。やはり、負けてしまったか」

「知っているのですか?」


 ルクセンブルクはまるで事の詳細を知っていたかのように、諦めとも嘆きとも思える溜め息をついていた。


「ああ、今弁護していた彼も古き友人なのじゃよ。だが、相手の貴族から罪をでっち上げられてしまったらしいな」

「でっち上げ……地主にめられたというわけですか?」

「そうだとも。私が聞いた話では、確かにブルスマンは地主の家へと行ったらしい。だがそれは凶作で麦の収穫があまり良くなかったため、地代を収めるのを待ってもらうようにと頼み込んだらしいという話だった。けれども事もあろうに、相手のウィンストンはそれをよしとはしなかった。それがこの結果だよ」


 ルクセンブルクは知っていることを語るよう、デュランに説明してくれる。

 だがそれも判決に対する理不尽さを嘆いてのことであり、後に待ち受けているデュランの裁判も同じことではないかと内心思っていたに違いなかった。


 そうして次の裁判が執り行われ、またもや罪無き庶民が理不尽な判決を受けていた。


 デュランが耳にした限りでは、庶民の出の一人娘が雑用として貴族の家で使用人として働いていたのだが、そこの当主であった中年貴族の男性に無理矢理乱暴された挙句、残忍にも刃物で殺されてしまったらしい。

 だがそれでも加害者の貴族は女性から先に誘われ、そして金を要求された。彼が支払わないと口にすると相手の女性が刃物を取り出したため、やむなく殺してしまったのだと、そのような主張をしていた。


 被害者の女性の遺族達はそれに異議を唱え、彼を罪に問うようにと裁判を起こした。だが生憎と被害者側には何の証拠も証人もなく、何故か殺したはずの貴族のみの証言が裁判では証拠として扱われることになってしまったのだ。

 そして判決は彼の主張であった正当防衛性が認められ、相手の貴族は無罪となってしまったのである。


「「「わーわー」」」

「ぐっ」


 デュランは扉から聞こえてくる庶民の嘆き混じりの怒声に歯を食いしばり、理不尽さが罷り通る世の中に怒りを覚えてしまう。


 庶民が法の裁きを受けるということは、即ち権力に抗おうとした時に他ならない。

 それも最初から結末が決められている裁判の下、尤もらしい理由と証拠をでっち上げ、一切容赦ない罪を相手に被せることで力ある者達が生き残る。


 これがもし名のある貴族や金持ちならば、その罪は罰金という形で免責めんせきされるか、今のように人を殺めたとしても無罪となり、結局はおとがめなしなのである。


 哀れなのは金を持たない庶民だけである。

 彼らは貧しいが故に、力を持たない者達なのだ。


 不条理にも貴族が娘を暴行し辱めた挙句に殺してしまっても、その貴族は無罪となってしまう。

 これこそが、この時代及びこの国での法治国家という名の元で、庶民達への裁きに対する実情なのだ。


「次、被告人デュラン・シュヴァルツ」


 そしてついにデュランの番がやってきてしまった。

 重々しい扉が開くと、デュランは法廷へと足を踏み入れる。


 中は先程の判決に対する理不尽な不平不満が渦を巻き、空気を重々しくしていた。

 その異様な熱気とともに、デュランはこれまで感じたことの無い視線を浴びる。


 デュランが今入ってきたばかりの出入り口の頭上付近には、庶民達が立ち見する場所があった。

 そして前方には教会に置かれているような木製の長椅子が置かれ、そこには身重であるリサとその隣で祈るように目を瞑っているネリネ、そしてアルフやルインの姿まで見受けられた。


 更にその先には黒一色の法服に身を包んだ判事が三人並んで座っていた。

 だが、その中央に座っている人物を目にしたデュランは驚きと動揺から、つい口からこんな言葉が出てしまった。


「っ……お、お前は!? な、何故こんなところに……」

「(ニヤリ)いやぁ~、これはこれは。また奇なとこで会えたものだね、デュラン君♪」


 判事の席の中央へと座り、判事や弁護人が被るウェーブがかかったカツラを被っている人物に見覚えがあったのだ。デュランが顔を見せると彼は愉快そうにも笑みを浮かべ、親しみを込めてデュランの名を呼んでいる。


 そう……その人物の正体こそ……。


「……ルイス・オッペンハイム!!」

「くくくっ。さぁさぁ君の罪に対する審判を下そうじゃないかっ!」


 なんとそれはルイス・オッペンハイム本人であった。

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