第201話 国選弁護人

 そして翌日の朝、アルフは自身の犯した罪が軽いこともあってか、そのまま釈放された。

 彼は牢から出る際、頑なにこの場に残るとそれを拒むが、ここへ来たときと同じく、数人の男達に無理矢理引っ張られる形で外へと放り出され事無きを得る。


「これでアルフだけは無事だな……」

 

 留置場に残されたはデュランは彼のことも巻き込まないかと胸中きょうちゅうで心配していたが、どうやらここで一晩過ごす程度の罪だと判断されたことに安堵する。

 それに印刷所下へと隠し置いた物への処遇も気になるし、むしろアルフだけでも外へ出られたことは幸運だったかもしれない。


「さて、俺はこれからどうすればいいんだ?」


 だがしかし、肝心要であったデュランについて特に何も声をかけられず、彼はこの先自分の身がどう処罰されるのかと考えたが、ついにその答えは出ることはなかった。


 周りを見渡してみても太く頑丈な鉄状の格子、床と壁には大きな岩を削られて作られたゴツゴツとした岩盤、壁際を見ても窓などの外部との接触が出来る出入り口はなく、実質的に見ても目の前に鎮座している入り口一箇所しか見当たらないため、脱獄するのは困難を極める。


 尤も、デュランは初めから脱獄しようなどとは考えていなかった。仮にこの場から逃げられたとしても、デュランは籠の中の鳥である。外にはリサ達やレストラン、それにトルニア鉱山やリトルウィッチが残されているため、人質を取られているようなものであった。


 デュランに出来ることはただ一つ、時が過ぎるのをただ黙って待つのみであった。


 日に一度だけ食事が出されてはいたのだが、それもただの泥水のようなスープのみ。

 その味を言い表すならば廃棄すべきゴミを煮出して作られたかのような味であり、具などは皆無である。


 当然そのような扱いなのだからスプーンなどの食器類が手渡されることもなく、古めかしい黒ずんだスープ器のみで出されるだけであった。きっと脱獄の道具として使われることを恐れてのことだろう。


 罪を犯したものが手厚い待遇を受けるはずがないと知ってはいたが、まさかここまでだとはデュランでさえ予想外である。

 もしこれが金のある貴族ならば、このような仕打ちは受けるはずがない。別室へと連れられ温かな部屋と食事を出されているに違いない。


(金が無い庶民だと、このような仕打ちを強いられることになるのか。それに罪を犯さずとも、連中は証拠を捏造し罪を作り出せる立場。この仕組みを変えない限り、この国が良くなることはないな)


 デュランは地下にあるほの暗い留置場で、世の中のことわりを改めて自覚する。

 そして今の自分が置かれた状況こそが、庶民の生活そのままであると心を痛めてしまう。


 そんなことを考えながら空虚な時間を過ごしていると、デュランの元へ看守がやって来た。


「デュラン・シュヴァルツ……お前に面会だ」

「面会? 俺にか?」


 看守の後ろには、スーツを着た初老の男性が立っていた。

 デュランにはその男に面識がなく「どうして自分と面会を?」そう思っていると、彼からこう告げられる。


「私は弁護士のルクセンブルクという者だ。君の弁護をするようにと、頼まれてここへやって来た」

「ああ……貴方は弁護士さんなんですね。ちなみに今頼まれたと言いましたが、私選しせん……ではないですよね?」

「もちろんそうだ。私は国選こくせん弁護人だよ」


 デュランは彼が弁護士であると知ると私選であるのかと聞いてたが、彼は首を横へと振り当然の如くといった感じで自ら国選弁護士であるとその身分を明かした。


 紛いなりにもこの国は法治国家を謳っているため、例え罪を犯した者であろうとも弁護士を付けることができた。

 そして私選とは、資金を持つ者が個人的に雇い入れた関係を示し、国選とは金のない庶民でも弁護士を付けられるようにと、国から派遣された弁護士である。


 一見すると、それは法の名の元に誰しも平等であることを示していたが、実際には国選弁護人には報酬と呼べるだけの報酬は出されず、またその能力も乏しいものが割り当てられる。


「そうでしたか……わざわざありがとうございます」

「うん? ふふふっ。ワシのような者に頭を下げる……か。見たところ、君は庶民には見えないが……随分と変わっているのだね」


 デュランはここまで出向いてくれたことに対する礼を述べ、頭を下げた。


 すると彼は驚いた顔をしてから、ふっと笑みを浮かべ微笑んだ。きっとデュランの背格好から彼が貴族かそれに準じる身分であると理解し、国選弁護人である自分へ頭を下げたことが意外に思えてしまったのかもしれない。


 彼の見た目はとても質素であった。


 派手さはどこにも見られず、身なりは整えられ落ち着いた雰囲気色合いの茶色のスーツ。そして左の胸元付近には彼が弁護士であることを示した、小さな天秤が描かれたバッチが付けられていた。


 強いて身近な人で彼の容姿を例えれば、それは公証人であるルークスに近しいかもしれない。

 髪も同じ白髪であり、年の頃もデュランの目には同じに見えたのだった。


「あの、失礼ですが、公証人のルークスさんはご存知ですか?」

「おや、君は彼のことを知っているのかい?」

「え、えぇ。何かとお世話になったりしました」

「なるほど……そうだったのだね。私は彼とは同期でね。同じ法務の道を目指していたのだが彼は公証人の道を歩み、私はほれこのとおり、今じゃ落ちぶれた弁護士をしている」


 デュランは世間話がてら、ルークスについて質問してみることにした。

 すると、ルクセンブルクはなんと一時はルークスと同じ大学に身を置いていたとのこと。出世街道を歩み続けたルークスは公証人になれたのだったが、ルクセンブルク本人は苛酷なまでの渦中の中、弁護士として競争に敗れてしまい、今では国選弁護人を引き受けることで日々の生活を維持しているのだとか。


 彼も身分こそ法をつかさどる弁護士であったが、内実は日々の生活に苦しめられている庶民と同じなのである。

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