第200話 希望なき暗闇の底で
それからデュランとアルフの二人は警察に連れられ、罪人が裁判を経てその罪が確定するまでの間、一時的に身を置くことになる留置場へ入れられていた。
留置場の中はというと逃走防止なのか、各房には外部との接触できる窓などの類が一切無いために、まだ昼にも関わらずとても薄暗く、どこか湿っぽさまでも感じる陰湿な場所であった。
デュラン達が座っている床は固くて冷たい石材で作られており、ズボンを通してその冷たさが伝わる感覚に苛まれていた。
だが幸いなことに彼らは今の置かれた状況と突然の出来事に思考が追いつかず、床の冷たさを感じる余裕さえなかったのである。
「デュラン、どうするよ?」
「どうするって……このような状況じゃ、どうにもできんだろ。それとも何か、脱獄でもしようっていうのか?」
「さすがに俺も脱獄したかねぇけどよぉ……」
アルフは不安に駆られてデュランに今後どうするのかと聞いてみたのだったが、彼からは打開策が提示されなかった。
むしろ脱獄したいなら、一人ですればいいとさえ、思ってしまえるほど投げやりな返答でアルフ自身、そんなデュランの言葉に戸惑いを隠せない。
「だ、だがなっ! このままじゃ、俺達は……」
「しっ。静かにしていろ……」
「うぐっ」
アルフが食って掛かろうと格子越しに出来るだけデュランの元へ身を寄せたその瞬間、静かにするようにとデュランから言われてしまい、出鼻を挫かれてしまう。
「…………ふぅーっ。もういいぞ、アルフ」
「ど、どうしたっていうんだよ、デュラン?」
少し間を置いて、デュランが大きく溜め息をつくと、それまでの緊張感が解れたかのようにいつもの彼の顔付きになっていた。
アルフにはそれの意味が分からずに何が起こったのかすら、よく理解できなかった。
「(俺達、さっきの看守に監視されていたんだぞ)」
「(か、監視だってぇ~っ? い、一体誰が何のためにそんなことしてんだよ?)」
「(誰って、お前、そりゃ警察を動かして俺達をここに入れた奴に決まってるだろ)」
デュランが小声でアルフに話しかけると、真似するかのように彼も小声で話をする。
どうやらデュラン達は留置場に居てなお、その動向を誰かに監視されていたらしい。
「ん……向こうへ行ったようだな。もう普通に話をしてもいいだろう」
「はぁーっ。何なんだよ、一体……。そもそも俺達が何したってんだ?」
見回りのためか看守の男がデュラン達の房から離れていくと、デュランは普通の声量でアルフへと話しかけた。
アルフは緊張感からと慣れないことをしたせいで、溜め息をついている。
「さっきあの男が見せた令状には、塩の密売って書いてあったな」
「なっ、し、塩の密売っ!? そ、それって俺達、重罪になっちまうのかよ!?」
「いいから最後まで話を聞けってアルフ」
アルフは塩の密売と製造が重罪に値する罪であることを知っていた。
そして自分達もそれ相応の罪を背負うことになるのかと動揺してしまうが、そんな彼のことをデュランは宥めようとする。
「いや、お前はさっき連中に抵抗したから捕まったに過ぎない。だから明日にでも出られるはずだ。それにあの令状には俺の名前しか記載されてはいなかったからな。つまりこれは……俺を嵌めるための罠ってことだ」
「わ、罠。一体誰がそんなこと……」
「ふふっ。俺に恨みというか、嵌められた人間が最近居ただろ? アイツしか考えられないさ」
「あっ……」
そこでようやくアルフはこのように手の込んだことを仕組んだ相手がルイスであると気づいてしまった。
そしてルイスから大金を巻き上げたことによる報復であると理解する。
「だが、なんでデュラン……お前だけなんだよ? 俺だって株券を印刷するの手伝ったよな?」
「ん? なんだ、お前も俺と同じ罪を被りたい……そう言いたいのか?」
「(ぶるるるるっ)そ、そんなわけねぇだろうっ!! そんな恐ろしいこと言うなよなデュランっ!」
デュランにはアルフの言葉が自分と同じ罪を背負いたいのかと思い、少し冗談めいてそう聞いてみたのだったが、予想を遥かに上回るほど彼は動揺しきっていた。
だがそんなアルフの動揺も無理はなかったのだ。デュランでさえ、まさかルイスがここまで強硬な手段に出るとは思いもしなかった。
けれども先程の令状の最後に記してあった名を見て、デュランは確信する。
フロスト・ボルト……名誉ある裁判所の判事の一人であるが、金に汚い性格で資産がある貴族や王族ばかりに有利な判決を下すことでも有名であった。
そんな彼ならば、ルイスに大金を積まれて警察を突き動かし、このように自分達のことを留置場へ入れることなんて造作もないことである。
むしろこれからが本番であるとデュランは思い考えてもいた。
当然アルフのような軽い罪ではないため、即日釈放なんてことはまずありえないだろう。
そして次に自分を待ち受けているものが、裁判所の法廷であると考え及んでもいたのである。
「アルフ……」
「……なんだよ、デュラン?」
唐突に沈黙を貫いていたデュランから声をかけられ、アルフは彼の顔を見るや否や体を起こし真剣な面持ちとなった。
「例の印刷に使った機械だが……覚えているか?」
「ああ、もちろんだ。それがどうしたよ?」
「あの印刷機下にある床板が外れるんだが……ここから出たら、直しておいてくれないか?」
「ったく、こんなときに床板の心配している場合かよデュランっ!? はぁ~っ。まったく自分の命がどうなるか分からねぇってときに……。あ~あ~、分かった分かった。ここから出たら即行で直せばいいだろ? 直せば? じゃあ……その床板の修理の指示はリサに直接聞けばいいよな?」
「ああ、それでいい。すまないな、アルフ。変な頼みごとをしちまって」
「いや、別にいいさ。こんなことくらい」
デュランはルイスから巻き上げたトルニア株の売却で得た利益を、アルフに告げることなくどこかへと隠していたのである。そして今、デュランが印刷機について口にした言葉の裏にある意味をアルフは十分理解する。
そうして床板の修理についての指示をリサから受ける旨も確認したのである。それは暗に床板の真下に隠されたものという隠語でもあった。そしてその処遇はリサに一任するという、デュランなりの考えである。
「そんなことよりも、お前も……ちゃんと帰ってくるんだよな?」
「…………」
アルフはデュランに帰れる見込みがあるのかと質問すると、彼は何も答えることはなかった。
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