第199話 拘束力を持つ紙切れ

 ちょうどそこへ、外出先からデュランが戻ってみると、店内は異様な光景と重々しい空気に支配されていた。

 そして店の中へ入ろうとした瞬間、言い争いの声が聞こえたため「もしや……」と思いつつも、彼らの着ている服を目にすると、どこか納得したかのように軽口を叩いてみせる。


「随分とまぁ店の中が騒がしいと思ったら……なんだ、俺のことを探していたのか」

「お兄さんっ!?」

「でゅら、デュランっ!? あっ、馬鹿っ! 寄りにも寄ってここ一番に来るんじゃねぇよっ!!」

「デュラン様っ!」


 リサとネリネは彼が入ってきたこと自体に驚き、アルフに到っては今このタイミングでデュランが現れてしまったことが不味いと口にしていた。

 だが当の本人であるデュランは、何食わぬ顔で逃げ出す素振りすらも見せなかった。


「ほぉ……コイツがデュラン・シュヴァルツなのか。随分とまぁ線の細い男に見えるな」

「ああ、そうだ。で、警察が何の用だ? ここには盗人も殺人犯もいないはずだぞ」

「ふふふふっ。自分には関係ないって面構えだな。大物なのか、余程の馬鹿なのか、それとも事情が把握できていないだけか……」


 大男はじっくり観察するようデュランを見下ろし、そのような感想を漏らした。

 それは興味本位もあっただろうが、自分達が探しているのを知ってもなお、彼が逃げ出さないことに対する賛辞だったのかもしれない。


「……男にジロジロ見られる趣味は無い。用件があるなら、手短に言ってくれ」

「ふふふっ。そうか……ならば、遠慮することはないな。デュラン・シュヴァルツ、貴様を逮捕する」

「逮捕……だと? 一体何の罪でそんなことを言っているんだ? そもそもそのための令状は持って来ているんだろうな?」


 大男がそう口にすると、デュランは訝しげな顔付きで、一体何の根拠があって自分のことを逮捕するのかと問い質す。


 基本的に証拠が無い場合には、現行犯で逮捕するしか方法はなかった。だが逆に警察で証拠が揃っている場合には、事前に裁判所にて逮捕する権限である令状を申請した後に許可され、そこまでしてようやくと逮捕することができるわけだ。


 デュランには自分の行動に一切のやましいことが思い浮かばなかったため、そのように強気出たのだったが、生憎と相手は用意周到であった。


「ほら、コイツをよぉ~く見るがいい。地方裁判所の判事が貴様を逮捕することを許可している令状だ。これで文句はあるまいな?」

「なるほど……確かに印が押されているな。それに判事の署名まで記してあるな」


 大男はニタニタとした笑みを浮かべつつ令状だという紙切れを突き出し、デュランが今口にしたことに対して嘲笑うかのような態度を取っていた。

 だがしかし、デュランは未だ他人事のように冷静なまま、突き出された令状を吟味していた。


 そこには日付とデュランの名前、次いで罪状である無許可での塩の製造と販売、そして密売などと書かれている。

 そして最後に、この許可を出した判事の名前が『フロスト・ボルト』と記されていた。


「どうだ? ようやく自分の身に何が起こったのか、理解できたか?」

「ああ、おかげさまで、な」

「ならば、話は早い。……おい?」

「はっ! ほら、こっちに来いっ!!」


 この瞬間を待ちに待ったと大男は部下に指示を出し、即座にデュランの身を拘束する。

 アルフとは違いデュランは一切抵抗することなく、そのまま流れに身を任せていた。


「なんだ、先程の男のように抵抗しないのか? 我々が聞いていた・・・・・のとは、随分と印象が違うようだな。少しは抵抗するのかと思い、大勢連れて来たはいいものの……はんっ。つまらんな……おい、引き上げるぞ」

「ハッ!」


 デュランが一切抵抗する姿勢を見せなかったため、もう興味を失くしてしまったのか、つまらなそうな表情で警官だという男達は店を後にしようとする。


「お兄さんっ……」

「リサ……んっ」

「……うん」


 最後にリサがデュランの名を呼ぶと、彼も同じく彼女の名前を呼び、そして頷いて見せた。

 それは心配するなということだったのかもしれないが、それでも夫が逮捕された身としては気が気ではなかったはず。


 警察が立ち去ると、店の中は静寂に包まれてしまう。

 突然の出来事に客達は驚き、店主の夫が捕まってしまったのだと噂をしていた。


 残されたのは言葉を失った身重のリサとネリネだけである。


「デュラン様とアルフさんは大丈夫なのでしょうか?」

「……きっとお兄さんなら切り抜けられるよ」

「で、ですが……」

「それ以上は言わないで……お願いだから……お兄さんなら、きっと大丈夫……大丈夫なんだよ……」


 ネリネはデュラン達の身を案じて、そのようにリサへと呼びかけるのだったが、彼女はそれ以上の言葉を耳にしたくないとネリネの言葉を押し留めてしまう。

 それはまるで彼女を通して、自分自身に言い聞かせているようにネリネには見えてしまった。


 だがそれでもリサとネリネの表情は晴れることは無かった。

 

 なんせデュランの罪状は、国に禁じられている塩の密売と製造である。

 下手をすれば、重罪である終身刑や死罪なども十分に考えられるのだった。


「いたっ……痛……い」

「リサさんっ!? どうされたのですか?」

「お腹が……」

「お腹……ですか? ……っ!? それってまさか……」


 リサもそのことが頭を過ぎってしまったのか、突如として膨らんだお腹付近に激しい痛みを感じ、その場にうずくまってしまう。

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