第198話 理不尽な振る舞い

 それはボルトがルイスの屋敷を訪ねてから数日が経った、ある日の昼時に起こってしまう。


「この店はデュラン・シュヴァルツ所有の店であるな? デュラン本人は今いるか? いるならば、早く出て来いっ!!」


『悪魔deレストラン』へ、この店の客層にはとても似つかわしくない制服を着た男達が数人やって来た。

 そしてまだ店内にお客が数人居るにも関わらず、大声を張り上げてデュランの名を叫んでいたのだ。


「あ、あの……一体どちら様でしょうか? それに何故、デュラン様をお探しになられ……」

「ええい、関係のないやつは引っ込んでろっ!!」

「きゃっ」


 他のお客の迷惑になるとネリネが対応をしようとしたその矢先、先頭に居た大男は彼女のことが邪魔だとばかりに突き飛ばしてしまった。

 まさかいきなり乱暴をされるとは思いもしていなかったネリネは、そのまま床へと倒れてしまう。


「おいおいおいおい、アンタらちょ~っとばかし、悪ふざけがすぎるんじゃねぇか? それに女に手を挙げるなんて許せねぇっ!!」

「……お前がシュヴァルツか?」

「ああん? 俺はデュランじゃねぇやいっ! 俺の名はアルフってもんだ! この際、どうでもいいだろそんなことっ!!」


 ネリネが突き飛ばされるのを間近で見ていたアルフは、リーダーらしき先頭に居た男に真正面から食って掛かろうと胸倉を掴み取る。


「……おい」

「はっ! ソイツも罪人だ、即刻拘束せよ!」

「ぐっ……ざ、罪人っ!? は、離せっ! 離しやがれってんだ!」

「抵抗するなっ!!」

「がっはっ」


 だが、アルフと言えども自分より体格が良い男数人に囲まれ、取り押さえられてしまえば抵抗することすらも敵わない。

 そしてそのまま顔面から床へと押し付けられ、手足はもちろんのこと頭や背中まで上から抑えられ身動き一つできなくなってしまう。


「お、俺は……罪人なんかじゃねぇ……っ」

「ふん!」

「ごほっごほっ」


 アルフは辛うじて顔を横へとズラし言葉だけで必死に抵抗しようとしたが、更に背中を強く圧迫されると息をすることすらままならなくなっていた。


「あ、アルフさんっ!? あっ……」

「…………女、デュラン・シュヴァルツはどこにいる?」

「っっ」


 ネリネの目の前には先程自分を突き飛ばした男が立っており、彼女を見下ろす形で無表情の顔付きでそう問いただしてきていた。

 彼女にとってそれはこれまで体験したことない恐怖であり、元々男性恐怖症だったこともあってか、体を小さく縮こませながら、ぎゅっと両目を瞑り身動き一つできずにいた。


 逆にそんなネリネの態度が無視されていると勘違いしてしまったのか、目の前の大男の神経を逆撫でしてしまう。


「コイツ……私の言葉を聞いているのか? 耳が無いのか? デュラン・シュヴァルツをどこに隠したかと聞いているのだ、早く答えよっっ!!」

「ひぃっ」


 動物が獲物へと威嚇するかのように大男はネリネに向かって、そう叫んだ。

 彼女はついに耐え切れなくなり、恐怖の元から少しでも逃れようと床へとへたり込んでしまった。その閉じられた両目からは涙が溢れ出し、何かを祈るように両手を胸元で握り締めている。


「……キミ達、誰かな? お兄さんに何の用なの?」

「また女が出てきたか。この店は何なのだ? 小娘しかおらぬ娼婦館でも気取っているのか?」

「ここはただのレストランだよ」


 騒ぎを聞きつけた身重のリサが厨房から出てくると、数人の男達に取り押さえられ床に伏せられているアルフと、祈りながら泣き出しているネリネに視線を向けてから大男の前へと立ち塞がる。

 そのリサの言葉と態度はあくまでも冷静そのものだった。通常であれば並々ならぬ騒ぎを自分の店で起こされれば憤るはずである。けれどもそれも彼らの着ている服を目にすると、抵抗するだけ無駄であると悟ったのだ。


「小娘、話の通じる大人は居ないのか? 居るなら早くここに連れて来い」

「ボクがこの店の主だと、何か都合が悪いの?」

「なに、今なんと言ったのだ? お前がこの店の主だと? こんな姿なりの子供が主とはな、愉快なことこのうえない。はーっはっはっはっ」

「…………」


 リサが主であると告げると、まるで彼女を馬鹿にするように男達が嘲笑いだした。

 けれどもリサはただ黙り込み、反論することは無かった。


 何故ならば、彼らの正体は……。


「まぁお前が何者でもいい。私達はデュラン・シュヴァルツに用があるだけだ」

「キミ達、警察の人でしょ? お兄さんに何の用があるのさ?」

「えっ? け、警察の……方? こ、この方達が?」

「ぐっ……け、警察なのかよ、コイツらっ!?」


 店に入るなり怒鳴り込み、ネリネのことを突き飛ばしアルフを床へと組み伏せ、上下黒一色の制服を着ていた男達の正体は、なんと地元の保安警察官だったのだ。

 彼らが警察官だからこそ、このような横暴な振る舞いが罷り通るのでもあった。


 この時代の警察とは名ばかりであり、汚職や賄賂なども日常的に行われ、組織としては腐敗しきっていた。だから金のある貴族や企業家達は私兵である自警団を雇い入れ、警察の代わりに自らを守るため自衛していたのである。


 だが、それでも警察という役職は自警団とは違い、一応は国に雇われている身であると言える。

 自警団が銃という武力だけを用いて己の力を誇示するならば、警察はそれに加えて法の名の元に合法的な懲罰を加えることができるわけだ。


 もし彼らに刃向かい一度でも抵抗してしまえば、何かしらを理由にして即座に逮捕されてしまうこともあったのである。リサが抵抗する姿勢を見せなかったのもそのためであった。

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