第197話 ルイスと判事の悪巧み

「それで私に何を頼まれますかな? このように重々しい麻袋を私に寄越すくらいなのですから、それ相応の頼みなのでしょうに?」


 ボルトでさえも、これほどまでに重い金貨を賄賂として渡されたのは初めてのことだった。

 そして当然ながらルイスという人物を知っている手前、どのような頼み事なのかと逆に興味を示し始めていた。


「まぁ……その金額に見合った頼み事になりますね」

「(ゴクリッ)」


 その重々しいまでの間とルイスの声に、ボルトは年甲斐もなく思わず息を飲んでしまう。


 ルイス率いるオッペンハイム商会は国内に留まらず、国外に対しても名が知れており、その資産は元より権力に関しても広く知られてもいる。


 それなのにこのような金貨が詰まった麻袋を自分へと寄越し、こうして頼み事をするということは“そういうこと”なのだとボルトは察した。


 つまりそれはルイスと言えども合法的に潰せない相手、もしくはその相手を裁判所の力により、合法的にも有罪へと追い込むことに他ならない。

 先に記したように、判事達はそれに見合うだけの金さえ貰えれば、有罪を無罪へ、また無罪を有罪へと変えることができるのだ。


 よって罪をでっち上げるのも、そして証拠を揃えるのも彼らに他ならない。

 警察や検察と言えども、上からそうするよう指示されれば、それに従うほかなかった。


 そして今まさにルイスは、その領域へと手を染めようとしていたのである。

 けれども、それは何も無罪の相手ではなかったのだ。


「ああ、なになに変に誤解しないでくださいよ。別に私は無罪の相手をその金で有罪にしたわけじゃない。むしろ罰せるべき相手が野放しになっているこの現状、それを懸念して今日は貴方の事をお呼び立てしたのです」

「なるほど……。つまりは情報提供、というわけなのですな? それにしては、この量は些か多いように思えるのだが……」


 さすがのボルトと言えども、これには不思議に思ってしまう。


「高々、そんなことのために自分へ大金を払うものなのか、そしてそれだけの相手なのか」――とも。


「なぁ~に、それも念のためですよ、念のため。実際問題、その彼の行動には大きな問題がある。それも国の財政をも脅かすほどの……ね。どうですか? 興味が湧きませんか?」

「ほぉーっ。それはとても興味深いことですな。我々としても、国に恩を売る絶好の機会となり得るでしょうな。それに相手の罪が重ければ重いほど、私の実績としても評価され恩恵を受けることになりますぞ!」


 再びボルトの興味がその相手に、そしてどのような罪なのかとルイスの言葉を待ち望んでいるようでもあった。


「ちなみに罪状はなんですかな? 脱税ですか? それとも殺人罪? 罪状によっては重罪にすることも容易になるやもしれませぬ」

「くくくっ。塩の製造と密売……と言ったら、どうですか? しかも国には無断でそれを行っている……それこそ国や王族を裏切り、謀反に並ぶとも劣らぬ極刑に値する罪なのでは?」

「それはもちろん、当然のことですな! 塩に纏わる製造と認可を得ずしての売買は法の下、厳しい管理下におかれております。それに触れれば、いくら名のある貴族であろうとも適正・・に処罰されることになるのは明白の理。それはこれまでも、そしてこれからも等しく処罰されるべき事案。ですが、それを証明する確かな物証などは……」

「物証ならば、それこそ貴殿が口にした明白というもの。なんせ奴は……」


 二人は愉快そうにその人物について、どう貶めるのか、そしてその証拠の有り無しについて詳しい話をし始めた。

 そして最後にもう一つ、ルイスが彼に向かってこんなことを口にする。


「それとは別にもう一つだけ、貴方にお願いがあるのですが……」

「ん? なんですかな?」


 誰にも聞かれぬようにとルイスはそっとボルトに顔を近づけ、小声で何かを口にしていた。

 それを聞いたボルトは頷き、そしてニタリとした笑みを浮かべるのだった。



 それからデュランがルイスから金貨数万枚を巻き上げてから数日が経った頃、彼はこの辺りが潮時とばかりにアルフに新株を刷るのを止めるようにと指示を出していた。

 アルフは「もっともっと刷った方が儲かるんじゃねぇのか?」と、デュランへと進言したがそれでも彼の考えが変わることはなかったのだ。


 この一ヵ月の間に印刷された新株は、既に当初発行されていた株式の数十倍数百倍にまで膨れ上がり、ルイスの上場させて株を買い占めをして、会社を乗っ取るという目論見を潰す株の希薄化も十分であった。

 またいつまでもこんなことが続くわけがないことをデュランも最初から承知しており、これ以上新株を発行しても意味がないと思っていたからこそ、新株発行を止めるようにと口にしたのである。


 それにトルニアカンパニーの株を上場してから一ヵ月が過ぎ去り、いくら罠に嵌められたルイスと言えども、そろそろこのカラクリに気づいてもいい頃合い。

 これ以上同じことを繰り返せば、逆手に取られ罠をかけられることも十分考えられる。


 またデュランの標的はあくまでも、ルイスとオッペンハイム商会のみである。

 トルニアの株に期待を持って買ってくれた投資家達までも貶める謂れはなかったのだ。


 そのためデュランはルイスから巻き上げて得た利益の一部で、彼らが購入したトルニア株を買い戻す腹積もりであった。

 そんな思惑も、次の日の昼を迎える頃には、無に帰すことになってしまうのであった。

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