第196話 報復には報復を

「ふふふっ。まさか、本当に成功するとな……」


 デュランは自らの手で印刷した株式を大量に証券所へと持ち込み、新株として上場させ大金を得ていたのだ。

 それも上場した当初に発行した60万株(金貨にして3000枚)程度ではなく、優に千万株にも手が届くほど大量に刷っていたのであった。


 そして今彼の目の前にあるのはそれらをすべて売却して得た利益、金貨にすれば数万枚以上にものぼる金貨の山だった。

 その金貨一枚一枚が窓から差し込む太陽の光を反射しながら眩いばかり輝きを解き放ち、テーブル上から零れ落ちんばかりに、それこそ山のように積み上げられていたのである。


 通常ならば上場された会社の株式総数が増えれば増えるほど、株価は下がり取引高も下がるはずである。

 だがしかし、それもルイスが金に糸目を付けず相場を無視して買い占めていたこと、そしてデュラン自らルイスがトルニア株の買占めに走っていると噂話を流布していたおかげもあってか、株価が下がるどころかむしろ連日値上がりストップ高となっていた。


 これにより、毎日のように大量の株式を証券所へと持ち込んでいたデュランは莫大な資金を調達することに成功したのである。

 もちろんその後も新株は発行し続けているため、ルイスが株の過半数を取得したことに先駆け、即座にその何倍もの新株を印刷して会社の乗っ取りも防いでいた。


 これこそが株の希薄化の醍醐味であり、乗っ取りを仕掛けた者に対する報復であるとも言えよう。


「…………」


 ルイスはこのときデュランに嵌められたことにより、金貨にして数万枚の損失を出して痛手となった。

 だがそれでも彼の資産からして見れば、ほんの少し手を火傷した程度の損失。彼の総資産から見れば、デュランは実に1/100ほどを削り取ったに過ぎなかったのである。


 それほどまでにルイス率いるオッペンハイム商会は莫大な資金を溜め込み、未だその力は健在であった。

 しかし、あのルイスがこうまでしてやられて、このまま黙っているはずがなかったのだ。


【報復には報復を……】


 それはデュランと同じ企業家として、また男として避けては通れぬ道でもあった。


 ルイスには莫大な富の他にも『権力』という、決して抗うことのできない強みもあったのだ。

 そしてそれはある人物の手に委ねられることになる。


 その人物とは一体……。


「いきなりお呼び立てして申し訳ない、ボルト判事」

「いやいや、なぁ~に気にしないでもらいたい。なんせ職務の合間に来ているわけですからな。むしろ暇で暇で判事達は皆、日々どうやってその日一日を過ごすかと悩んでいるほどですからな! あーっはっはっはっ」


 ルイスが呼びつけた相手、それはこの地域を管轄する裁判所の判事の一人だった。

 彼は貴族の間でも有名で、その名は広く知られてもいる。


「ですが、御足労をかけたのは事実。まぁお座りになってください。……リアン」

「はい。ボルト様、どうぞ」

「おおっ。これはかたじけない」


 ルイスが目配せと名を呼ぶだけで、リアンはボルトの前にあった椅子を引いてエスコートする。

 そんな接待をされることに慣れているのか、ボルトは軽く手を挙げ執事であるリアンに労いの言葉をかけた。


「それでは紅茶をお注ぎいたしますね」

「……リアン」

「はい。それでは私はこれにて……何か御用がある際には、なんなりとお申し付けください。……では」


 ルイスは二人っきりにしてくれと暗に彼の名を呼ぶと、リアンもそれに慣れているのか、察したように下がり部屋を後にする。

 残されたのはルイスとボルト、そしてティーカップに注がれ湯気が立っている紅茶が二つ。


「(ズズッ)……それで、私に何か用ですかな? まさか、ご婦人方のようにお茶に誘い、世間話をしたかったわけではありますまい?」

「ははっ。さすがはボルト判事ですね。お察しがよろしい」


 ボルトはリアンが持ってきた紅茶に口を付け、少しだけの間を置くとルイスにそう問いかけた。

 ルイスは機嫌取りのため、普段は決して使うことのない丁寧な言葉遣いをしている。これも彼なりの処世術の一つである。


 権力に魅了され、持ち合わせている者とはどこまでいっても自分に対して周りの人間よりも偉いのだ、というおごりがあるものなのだ。

 それこそ、判事の一人でもある彼はその最たる例と言える。


 何故なら裁判所とは時に無用にも庶民へと罰を下し、自尊心プライドが高いはずの貴族でさえもかしずき、国と争うこともある。

 その権力は国内では一、二を争い、もし唯一対抗できるものがあるとすれば、それは最高裁判所の主席判事くらいなものなのだ。彼らは自ら管轄である裁判所に人事権も掌握しているため、自由自在に判事や書記官などを登用または解雇することが、それこそ自由自在にできたのである。


 つまり裁判所こそ、この国随一の権力であるとも言え、判事達本人もそうであると思い込んでいる。

 そのような輩を相手にするには、下手に出て、相手が望むとおり自尊心をくすぐってやれば良い。


 それを知っているからこそ、ルイスは目の前に居る初老の男すらも、自らの欲へと利用する目的で屋敷に呼びつけたのである。


「ボルト判事。手土産代わりに、まずはコレをお納めください」

「ほぉ~っ。これはこれは……なんともまた重たい袋ですな! いやはや、随分と張り切りましたな! あ~っはっはっはっ」


 ルイスはまず手始めに彼の目の前に茶色の麻袋を差し出すと中を覗き見させる形で袋の口を緩め、そのまま彼の手元へと寄せ置いた。

 その袋から顔を覗かせている眩いばかりの金色とズッシリとした重みを知るや否や、ボルトは堪えきれずに不気味なまでの笑みを浮かべ、大口を開けて盛大に笑い出した。


 そんな姿を目の当たりにしたルイスはとてもじゃないが判事に似つかわしくもない、品性の欠片すら失ったかのように思ってしまった。


 そう彼が貴族の間で広くその名を知られていた理由は、彼が望むだけの金を差し出せば自由自在、それこそ自分の思うがまま動いてくれる……つまり金での買収が容易なため、名が知れ渡っていたのである。

 未だ法の整備が完全に成されていないため、そして彼ら自身が法を決めて施行する立場であるが故に、このような心付けや賄賂わいろと言った物事が貴族と判事との間で日常的に行われていたのだ。


 今やその罪に見合うだけの金が出せさえすれば、仮に殺人を犯したとしても尤もらしい理由付けをすることで正当性を主張しつつ被害者の弱みを的確なまでに突き崩し、そして法への解釈の仕方一つで罪人ある貴族を極刑である死刑から無罪へと容易に変えることができる。

 そしてまた判事や陪審員達は、その報酬としてあまりある対価を得るのであった。


 これこそがこの時代の資本主義と呼ばれるものの裏の本質であり、実際に現実のものとして罷り通っていた出来事なのである。

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