第195話 導なき道の果てに
「…………」
「どうだ、ようやく理解したかリアン?」
「え、えぇ」
リアンは言葉を失い、そして主であるルイスから再び問いかけられ、言葉を詰まらせながらもどうにか頷いて見せた。
それは自分達の完全敗北を意味することであり、リアンの心内が僅かに揺れ動き、感情が出てしまいそうになってた。
「ぐっ」
彼はそれを必死に誤魔化すため、自らの拳を握り締めると爪を手の平の肉へと食い込ませて下唇を痛いほどなまでに、それこそ血が滲むほど悲痛に耐えるのにも似た表情を浮かべていたのだ。
リアンはそうすることで自らの心を律し、耐え忍ぶ。
「お前が……お前だけが悪いわけではないのだ。だからそのように自分のことを責めることはないのだぞ」
「……は、い」
それを見て取ったルイスは彼が自分自身の過ちだと後悔し、苦痛に歪んでいる顔だと思いこんでしまっていた。
だからこそ、そんな慰め諌める言葉投げかけたのであったが、そんな彼の思いとは裏返すように非情なまでの現実とは違っていたのである。
リアンは心の底から喜んでしまっている感情を打ち消すため、自ら下唇を噛み締め手の平に爪を食い込ませ必死に耐えていたのだ。
それを主であるルイスはリアン本人が確認を怠ったためにタダの紙クズ同然のトルニア株で多額の損失を出してしまい、それにより彼が激しいまでの後悔と自責の念に苛まれているのだと勝手に思い込んでいたのは、幸運であったと言えるかもしれない。
もしここでリアンが耐え切れずに、ふと笑みを浮かべてしまえば、すべてが泡と帰すだけでなく、彼がその首謀者であると思われていたに違いなかった。
「今日はもう部屋に帰って休めリアン。こんなことがあったとしても……明日からもまた仕事は山積みだからな。これからも頼んだぞ……いいな? 分かったか?」
「……はい。ルイス様、これで失礼いたします」
それからルイスはリアンの心身の疲労を労い、体を休めるようにと彼に呼びかけた。
そして一度の失敗で彼を切り捨てることもなく、また自分のことを支えるようにとも口したのである。
最後にリアンはもう一度だけ頭を下げ謝罪し、ルイスから言われたとおり体を休めるため部屋へと下がることにした。
「…………ふふっ」
ルイスの書斎部屋から出てきたばかりのリアンは、即座に口元を緩め笑みを浮かべてしまった。
それは人ではなく、まるで悪魔が微笑みかけているような、そんな姿のようでもあった。
「おっと……」
だがふと我に返り、軽く握り締めた手を口元を隠すよう沿えてから冷静さを取り戻した。
そしてその場を後にし、部屋へと戻って行った。
「…………」
そんなリアンの様子を遠目に見ていた人物が居た。
そして彼女はリアンが去った後、意味深にもこう呟いた。
「……そういうことだったのね。案外やるじゃないの、あのつまらない男も……ね」
それはルイスの妻となっていたマーガレットであった。
以前、リアンと話をした時に何かしらの思惑があると聞いてはいたが、具体的に彼が何をするかまでは聞くことは無かったのだ。
そちらの方が互いに好都合でもあり、最終的な目的さえ同じならば過程はどうでもいいとさえ、彼女は思っていた。
それは今、書斎から出てきた彼自身も同じ思いを抱いていたのか、以前話しかけてきた以降は彼から彼女へと話しかけて来ることはなかったのである。
実際問題、彼の
しかし最後の最後、部屋を出た瞬間に笑みを浮かべてしまっている姿を自分に見られていたことを知らないようでは、いつの日かルイスの前でもボロを出してしまうとマーガレットは懸念を抱いてしまう。
もし相手のことをそれこそ命尽きるその瞬間まで騙しきりたいならば、心の底から自分の心までも、その時を終えるまで騙しきらなければならない。
それは今の彼女自身がしているのと同じように……。
だが、それと同時に別の懸念までも生じていたのだ。
「でもちょっと危険よね……アイツ。私がすることにちょっかいを出して来ないといいのだけれども。それでも私は、あの彼をも出し抜かなければいけないのよね。そうしなければ、大切なものを守ることなんてできやしないもの。ほんと我が人生ながらも波乱に満ちて、面白くなってきたわね。果たして最後には一体誰が生き残るのか……。この私か、ルイスか、それともさっきのアイツか、もしくは……ふふっ。そんなことは最初から決まっているわよね……ねぇデュラン? 貴方のことはきっと守ってみせるわよ、この命に代えても……絶対にね」
マーガレットはリアンに対する警戒心を増し、それでいて愉快そうに楽しんでもいる様子である。
もはや彼女にとって自分の人生とは、小説よりも奇なものであり、次に何が待ち受けているのかすらも分からない。だがそれでこそ
数々の小説物語のように必ずしも
だからこそ人は絶望の淵に立たされてもなお、再び歩みだせるのかもしれない。
己の行く末を知らぬが故に……。
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