第192話 女性達の嗜み

 アルフは喜びのあまりここが店であることを忘れてしまい、そんな客達の前で熱い抱擁をしてしまうと、彼女達はまるでネリネと同じような反応を示していた。


「ねぇねぇ、さっきのってアレでしょ? 絶対に『黒の君』よねぇ~?」

「えぇ、えぇ。もちろんそうに決まってるでしょう~。きっとこっちのお兄さんが従者役で、こちらの貴族らしき方がご主人様役なのよ」

「キャーッ、キャーッ。ってことは、何々さっき抱きついた従者が攻めで、こっちのご主人様が受けってことになるわけなの? 普段は命令される側なのに夜だけは立場が逆転してしまう……これは胸が高鳴るわよねぇ~」

「夜の間だけは主従の関係が逆転するわけね。でもでも、誘い受けってこともありそうよねぇ~」


 どうやら彼女達はデュランとアルフとの会話に終始、聞き耳を立てていたらしい。

 しかも悪いことに何を聞き間違えてしまったのか、デュラン達がしていた的な会話を強引に捻じ曲げて的会話へと昇華させてしまっている。


「あの、もし……少しだけよろしいでしょうか?」

「えっ? 貴女はその……このお店の方……よね?」

「はい。ネリネと申します。以後、お見知りおきを」

「え~っと、それでネリネさん(?)。わ、私達に何か御用かしら? あっ、もしかしてさっきの聞こえちゃったり……して?」

「はい。お二人の会話はしっかりと聞かせていただきました」


 若い女性客がデュランとアルフへの妄想話を語っていると、おずおずとしながらもネリネがそこへ割って入ろうとしていた。デュランは一瞬、彼女達の妄想話をネリネがいさめてくれるものとばかり思っていたのだったが、その期待は大きく裏切られてしまうことになる。


「それでですね、デュラン様とアルフさんの他にルイスさんという方もいらっしゃるのですが、この方はデュラン様のことをいつも敵視しているんです。ですがそうは言いつつも、これまで何度となくデュラン様へとちょっかいをかけてきたりもしているんです」

「えーっ。何よそれ~っ!? 黒の君の物語に出てくる敵役との恋愛関係と一緒じゃないのーっ! もしかしてそのデュランさん(?)って、方を奪い合っての三つ巴の禁断恋愛なの!? ねぇねぇ、ここ、貴女もここの席に座ってもいいから、もっと詳しいお話を是非とも聞かせてくれるかしら?」

「はい♪ 私でお役に立てるなら、もちろんです♪」

「でもまさかまさか、三角関係だったなんて……こ・れ・は・妄想が捗るわねぇ~♪」

「いーえ。デュラン様に纏わるお話は、ただの三角関係だけでは終わりません。実は既に亡くなられてしまっているのですが、デュラン様の従兄弟にケインさんという方がおりまして、この方もルイスさんと同じく以前はデュラン様を陥れようと何度も何度も責め立て……」


 ネリネは極々自然に彼女達の妄想話へと入り込み、一緒になって……というよりかは、むしろ自ら進んでデュランについて話のネタを提供し続けている。


「…………ウチの客層って、いつからこうなったんだ? そもそもあからさまに俺のこと指差しながら『黒の君』とか呼んでるのは……。それに俺とアルフのことを『攻め』だの『受け』だのと好き勝手に言って、それと『役』って言葉も妙に気になるな。そして何よりも、これまで見たこともないほどネリネの奴が活き活きとした表情で、見知らぬ客達の間に割って入り、嬉々として話に交じっているってのはどういうことなんだ???」


 デュランはこんなにも活き活きと言葉を続けるネリネを見るのは初めてのことで、本来ならばそれはとても喜ばしいことであった。


 だがしかし、である。まさか自分とアルフとが夜を共に過ごす関係と誤解され、挙句の果てに敵方であるルイスや既に亡くなっているケインまでをも引き合いに出されてしまっては、さすがのデュランと言えども顔を引き攣らせることしかできなかった。


「お兄さんっ! アルフっ! ちゃんとボクの話聞いているのかな!?」

「はいっ!?」

「お、おう。もちろんだともリサよ……」


 若い女性客達とそこへ交じってしまったネリネはデュランとアルフへの妄想を膨らませ、デュラン達がリサからの説教が終わるまで夜の情事についての話に花を咲かせるのだった。



「ぅぅっ。ひ、酷い目に遭ってしまったな……アルフ」

「はははっ。そ、そうだなデュラン……」


 デュランとアルフはたった一度きりの過ちが原因で話のネタにされただけでなく、リサから長時間に渡って説教をされてしまい、心身ともに疲れきってしまったのは言うまでもなかった。


 どうやら先程の若い女性二人組みとネリネとが熱心に話していたことは、『黒の君』という恋物語を描いた小説の話らしい。

 それも主人公はデュランと同じく上から下まで黒の衣装に身を包み、敵国の将と憎しみながらも巡り巡って恋愛関係へと落ちてしまい、互いの立場と自国への不信感から嫌気が差し、ついには他国へと落ち延び亡命することで二人は晴れて結ばれる……というのが、その物語のあらましだとか。


 デュランも別にそんな恋愛物語の話が悪いとは思ってはいなかった。

 けれどもその登場する人物達が全員男性であり、女性など一切出てこない物語であったのだ。


 だから恋愛関係と言っても、それは男性同士のことを言い表していることになるわけだ。

 彼女達にとっては、そんな物語に出てくる登場人物と目の前に居るデュラン達とを重ね合わせてしまい、妄想することで死ぬほど退屈なひとまな日々を過ごしているらしい。


 何もこれは彼女達に限った話ではなく、貴族や庶民などの身分に関わらず、女性はそのような創作物語が好きであると相場が決まっている。

 特に貴族の妻達は、家での料理・洗濯・掃除などの家事や子供の世話など、そのすべてを使用人に任せっきりにしてしまうため、退屈な毎日をどう過ごそうかっと、日々頭を悩ませてもいる。


 時に手遊てすさび程度に刺繍ししゅうで退屈をしのぎ、時に友人と街へ繰り出して買い物やお茶をたしなみ、そして家に居るときには、いつでも物語の中へと入り込みことができる本だけが彼女達の唯一の楽しみでもあった。


 男達が仕事を生き甲斐とするならば、女達はそうした非日常的な話を楽しみに生き甲斐としている。

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