第191話 情報の流布

「お~い、デュラン。たったいま、酒場から戻って来たぞ」

「おっ、今日も行って来てくれたかアルフ。ご苦労様。して、今日の首尾のほうはどうだったんだ? もしかしてヘマをやらかして、誰かにバレたりしていないだろうな?」

「おいおい、デュランよぉ~。この俺を誰だと思っていやがるんだよ! このアルフ様にかかれば、こんなことくらい朝飯前ってなもんだぜ♪」

「そうか……それなら良かった」


 デュランは酒場から戻ってきたばかりのアルフに労いの言葉をかけると、安心したように胸を撫で下ろした。


 アルフはこの数日の間、デュランの指示で足繁く酒場へと足を運んでいた。彼は昔からよく酒場に出入りしていたため、そのほとんどと顔見知りだったのである。デュランはそれを生かすため、彼に酒場でとある噂話を流すよう命じていたのだった。


「今日も酒場に居る連中に『ルイスの奴がトルニアの株を金に糸目も付けずに買い占めてる』って、噂を広めてやったぜ。だがな、デュラン。本当にこんな噂程度のことで株価だかに効果が現れんのかよ? それもデュランが指示したとおりに『証券所やコーヒーショップでは、俺のほうから進んで噂話を持ちかけるのは避ける様に……』ってのが、どうにも俺の頭じゃ、そこのところが上手く理解できねぇんだ。一体どういう意味でその二つを避けるんだよ?」

「ふふっ。まぁ……アルフが疑いを持つのも無理はない話だろうな」 


 デュランはアルフに噂を広めるようにと指示を出していたが、何故か投資家が居る証券所周辺や貴族や学者などの格式高い人々が集まる場所では、敢えて噂を広めないよう命じていたのだ。

 アルフは彼の指示通り動いてはみたものの、未だ理解も納得はしていない様子である。


「ああ、俺なら……いや、普通なら証券所周辺やコーヒーショップ辺りに出向いて、その周辺で噂を流すように、ってするもんだろ? だって証券所に出入りしている連中は新しい情報が欲しくて、そこへ出入りしているんだろ? そっちのほうが効率が良いんじゃねぇのか……なぁ、デュラン?」

「もちろん今アルフが口にしたとおり、普通なら・・・・そうするだろうな。だがな、アルフ。こう考えてみろよ。連中は自分達のことをいわゆる上流階級だと思い込んでいるだろ? そんな奴らが情報の裏を取るために、わざわざ酒場に足を運んで真偽のほどを確かめに来ると思うか?」

「あっ」


 そこでようやくと、アルフはデュランが何を言いたいのかを理解した。


「ああ、そうだ。当然ながら連中は酒場には来ないよな? なんせ普段から庶民のことなんて見下しているだから、いくらその情報が嘘か本当かを知りたくても酒場で聞けるわけがないんだよ。例えそれが本当だろうが嘘だろうが、連中にはその噂話の真偽を確かめる術がそもそも存在しないんだ。もちろん人を雇えば探ることくらいはできるだろう。だが、それでも金で人を雇うということは自分の目と耳とで確かめることができる、確実性を保証する情報ではないんだ。投資家ってのは常にどんな情報でも、それこそ嘘みたいな噂話でも欲してはいるが最後の最後、何かを決断する時には自らの判断に頼るしかない。逆に言っちまえば、そこにこそ付け入る隙が生じる……というのが俺の思惑にあった」

「な、なるほど……」


 アルフは改めて投資家と呼ばれる人達が、いかに他人のことを信頼していないかと理解した。


「それに……」

「それに?」

「それに証券所やコーヒーショップに普段から出入り連中は、互いが互いのことをまったく信用してはいないんだ。他人に儲け話を持ち込む馬鹿がいないってのが信条らしいがな。だからこそ常に相手を陥れるための偽りの情報が、それこそ毎日のように飛び交ってもいる。そんなところへアルフが初めて行って、連中に噂話をしたところで簡単に信じてくれると思うか?」

「いや……俺なんかじゃ無理だな」


 アルフは自らの格好を確かめる形で、上着を触ったりしている。

 彼は自分がどこをどう見ても上流階級と呼ばれるような貴族や学者の類には見えないことを知っていたのだ。またそれは知識においても同じことが言えることだろう。


 仮に格好だけを真似てみても直接面と向かい話をしてしまえば、彼が庶民であることはすぐにバレてしまうことになる。


「だろ? だから俺は敢えてその二つを避ける様に、って言ったんだ。もちろんアルフが以前は酒場に出入りしてるってのもあったがな。それに酒場ならば、周りは全員庶民だろ? 噂を広めた元がアルフだなんて、自ら連中に進んで口にする必要性もないしな」

「そうか。確かに庶民は上流階級の人間を嫌ってやがるからな。それこそ恨みこそあれ、利益話をしようだなんて考えるわけもねぇ。ようやく合点がいったぜ! デュラン、お前ってやつは本当にすげえな! そこまで考えて俺に指示を出してたのかよ!?」


 アルフは自分の身を案じてくれるデュランの思慮しりょ深さとともに、先の先まで……それこそ三手四手先のことまで考え指示を出してくれる彼のことを大いに褒め称え、その喜びの気持ちから彼の体ごと強く抱き締める形で持ち上げてしまう。


「いったたたた。あ、アルフ、力が強すぎるぞ」

「あっ……す、すまねぇ。嬉しくなっとまって、つい体に力が入っちまった」


 デュランが苦言を口にすると、アルフは慌てた様子で彼のことをゆっくりと床へ降ろした。


「ご、ゴクリ……でゅ、デュラン様とアルフさんがあのようにも激しい愛情表現をなさって、それもお客様である皆さんへ見せ付ける形で……ぶはっ(照)。こ、これはルインさんにも教えませんと……」

「ね、ネリネっ!? お前、いつからそこに……ってか、ルインの奴に何を話すつもりなんだよ!?」


 突如としてネリネの声が聞こえてきたかと思うと、小声で何かを呟きながら彼女は鼻元を押さえていた。

 デュランの耳に少しだけ聞こえたのは、ルインにも何か教えるという言葉で、絶対に良いことでないのだけは確かなことである。


「いつからそこに……じゃないでしょうが、お兄さんとアルフっ!! そもそもここはお店の中なんだよ! お兄さん達こそ、お客さんの目の前で何してるのさ!」

「あっ……そ、そうだったな。すまない、リサ」

「そっか、そういえばココ、レストランだったんだよな。わりぃわりぃ」


 ちょうどそこへ以前よりもお腹を大きくしているリサが厨房からやって来て、デュラン達のことを叱りつける。


 ここはデュランが所有している『悪魔deレストラン』であり、まだ店内には庶民らしくも茶色を基調とした衣類を身に纏った若い女性客が数人、客として残っていたのだ。

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