第182話 株式上場への道筋

―それから一ヵ月後


「えっ? それはつまり株式を証券所へと上場して一般公開するというのですか?」


 デュランは緊急に召集された株主総会にて、出資者である株主達からトルニアカンパニー株の上場についての打診を受けている真っ最中であった。


「ああ、そうだとも。この会社もそろそろ手狭になってきたんじゃないかね?」

「そもそも会社を今以上に大きくするには、他の会社を買収するに限るのだ。それには、まず先立つ物が何よりも大切であることを君も重々承知しているね?」

「また会社として、そして企業として利益が出れば出るほどに逃れらないものが一つだけある。それは税金だ。後々、そのことが問題として出てくるから他の企業なんかは手広く事業を拡大することで、その買収にかかる費用などを経費として計上し、税金の徴収から上手く逃れてもいる。まともに税金を支払っていては、我々の利益も減るというもの……君も納得してくれるだろう?」

「それで株の一般公開……いわゆる上場なのですね」


 株主達の言うとおり、会社を大きくしたいならば業界同業者ライバルである会社の出資金、または株式を金で買収するのが何よりも手っ取り早い方法であるのも事実。

 だがそれを行うには多額の資金が必要となるため、株主達は口を揃えて今後の会社における未来永劫と税金対策として、そしてまた発展への希望という名の元に、トルニアの株式を上場して資金調達することをデュランへと打診してきたのである。


 その原因は彼らがルイスの狡猾なまでの策略にまんまと嵌められ、モルガンが持ち掛けてきた詐欺被害に遭ってしまい、貸し金の返済を迫られたため、泣く泣く彼らの言うことを聞くしかないというのが本当のところだ。


 ルイスはリアンの助言どおり、株主達に投資するための資金を貸し付けモルガンに騙され返済できなくなったところで、ようやくと彼らが話しているような内容を株主総会で議案として取り上げ、それをデュランに了承させるよう指示を出していたのだ。


 当初こそルイスの計画を聞かされた株主達は拒否していたのだが、貸し付けた返済金代わりとして求められてしまえば、それを無下にも断れるはずもなく、下手に断れば債務者であるルイスから破産宣告をされてしまい、一家諸共路頭へ迷うことになってしまう。

 それで彼らは臨時株主総会を開くことをデュランへと求め、今この場に到るというわけであった。


 そしてルイスは次の尤もらしいことを彼らへと告げることで、罪の意識を薄めさせ実行に移させたのだった。


 デュランは持ち株を持たないタダの代表者。小さな会社の、それも数人程度の株主だけの株主総会であるとはいえ、公の場である。議案を提示するのも賛成または拒否できるのも、持ち株を持っている株主だけなのだ――と。


「それなら何故、持ち株を持たないデュランを説得する形にするのか?」と、株主達は一様に疑問に思っていた。

 確かにそれは当初ルイスと言えども同じことを疑問に持ち、リアンに問いかけることがあった。そして彼はこう答えた。


「会社を乗っ取るだけならば、株の取得だけでも事足ります。ですが、今回はこれまでとは違い、その後の会社経営までも含まれているため、当然ながら労働者達の存在を無視するわけにはいきません。よって労働者達を束ねる存在である彼のことを、今すぐにでも排除するのは実質的に不可能なことなのです。またもしそれらを強硬手段で行ってしまえば、排除した彼自らが扇動する形で労働者達がストライキを起こしてしまう。そうなってしまえば、会社そのものの運営に関わる致命的な失態にまで繋がります」とのこと。


 リアンからのその返答は至極当たり前のものであり、そのように理論詰めとして説明を受けてしまったルイスは妙に納得してしまったのだ。

 これまで少々強引な方法で、あらゆる会社の株を取得した後は自ら経営することなど一度たりともなく、ただ労働者達全員を解雇した後、残った会社の資産を食い潰し放置すれば良かっただけなのだ。


 それこそが彼のやり方であり、それ自体が間違ったものだとも思ってはいなかった。


 しかし、今回は会社を運営することで利益を生み出す目的なので、これまでのようなやり方は通用しないわけだ。

 だからルイスはリアンの助言どおり、多少回りくどい方法を取っていたわけなのだが、そこには彼の思惑が確かに存在していたことをルイスはまだ知らなかった。


「どうだね、納得してくれるかね?」

「え、えぇ。ある程度は……」


 改めてデュランにお伺いを立てる形で株主がそう問いかけると、彼はようやく合点が一致したと頷いた。

 頷いてはいたが、まだ疑問があるような口ぶりと態度を取ってもいた。


「もしや、まだ何か疑問でもあるのかね?」

「そうですね。一つだけ疑問というか、懸念すべき事柄が……」

「それはなんだね?」

「上場するということはそれ即ち、今皆さんが口にした資金調達を容易にするでしょう」

「ああ、もちろんだ。そのために上場すると言っても過言ではないだろうな」


 デュランに問いかけるという形で株主達は彼の言葉に耳を傾け、時に相槌を打ち、肯定したりしている。


「ですが、上場はそれと同時に他者から株式を買い占められて買収される危険性までも孕んでいますよね? 皆さんはそのあたりをどのようにお考えないのかと、そのように思っていました」

「むむっ」

「う、うむ。ば、買収か……確かにな」


 デュランがそう口にすると、彼らは一様に黙りこくってしまう。


 それもそのはず。ルイスが彼らへとそう指示を出したのも、トルニアカンパニーの買収が目的であると、彼ら自身もその意図に気づいていたからだ。だからこそデュランの口から、そんなことを聞かれてしまえば、黙らざるを得ない。


(ふふっ。あまりにも分かり易過ぎるな。一言二言だけでこうも動揺を見せてしまうとは……。だが、ルイスの奴を誘い出すためには妥協することも必要だな)


 それはまるで貴族の元に出入りしている商人のようでもあり、あまりにも事前に想定していたとおりの反応を彼らからされてしまったため、デュランは思わず笑いそうになってしまう。

 だがここで笑ってしまってはすべてが水の泡と帰してしまうと、わざとらしくも咳払いをすることで、どうにか誤魔化すことにした。


「こほん。ですが、皆さんが仰ったように会社を今よりも大きくするためには資金確保が何よりも重要だと私も思います。だから皆さんが提案してくれた、トルニアカンパニーの株式上場について、承諾することにいたします」

「あ、ああ。そうだ、そのとおりだよデュラン君。経営者として、また男としても正しい判断をした!」

「うんうん、やはり君は話の解かる男だ。それと柔軟性に跳んでいるようだ!」

「会社を経営するということは常に危機的状況と隣り合わせなものだよ。危険を顧みずして、利益など得られるはずがないんだ。今回のことは良い機会だとも思ってくれ」

「それに君はこれまでも勇気ある決断をしてきた。そしてこれからもそうであること心から切に願うよ。ワシは今度のことも英断になると信じている」


 素面を取り戻したデュランが白々しくも彼らの意見に賛同を示すと、株主達は口々にわざとらしい賛辞を彼に浴びせるのだった。

 この時点でデュランと彼らとの間には、互いへの信頼というものは存在し得ない。あるのはただ表面上の付き合いや己の利益を得る目的でしか繋がっていないのかもしれない。


 だからこそデュランは容赦することなく、彼らとの関係を断ち切れることができるわけだった。

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