第183話 言葉の駆け引き

 ここまではデュランの想定内であり、ここからが彼の思惑の真骨頂と成り得る。

 そしてそれはこんな一言から始まることになる。


「一つだけ……」

「んっ? まだ何かあるのかね?」

「ええ、この提案を呑んで頂けるのでしたら、私も皆さんの議案に従いと思います。ですが……」

「提案? なんだね? この際だから、そのように遠慮せずとりあえず言ってみてくれ」

「はい。それでは遠慮なく……皆さんの株式の一部を私に譲渡する。これが株式上場への必需条件となります」


 デュランは臆することなく、一回りにも二回りも年上の彼らに向かいそう言ってのけたのだ。

 つまり株式を証券所へと上場するため、自分にも株を寄越せ……そう言われたのに等しい。


「我々の株の一部を……」

「……譲渡する。そ、それが条件だと言うのかねっ!?」


 さすがにこのデュランの言い分には彼を支えてきた株主達でさえも、彼に株式を上場させるその目論見が露見してしまったかのような怪訝に満ちた表情とともに、自らの利益が減ることへの懸念しているとも受け取れる、どちらとも言えない顔となっている。

 デュランは敢えて気づかぬ振りを装うため、こう言葉を付け加えることにした。


「もちろん今皆さんがご懸念しているとおり、一部分とはいえ株を分ければ持ち株比率が下がることで目先の利益が減ることになるでしょうね」

「そ、そうであろう!? それならばそのような無茶な話を……」

「しかしながらっ!! 皆さん既にご存知のこと・・・・・・・・とお思いますが、株式を上場すれば当然今以上に価値が増して、受け取る利益はより増えることになります。また仮に売却しても含み利益が大幅に増え、ウチへ投資してくださった以上に儲かりますよね? 大まかに述べるとその二つこそが先行投資されてきた方々の旨味となる……。皆さんもこれまで投資や株取引をしてきたならば、今の私の話を十二分に理解されてますよね?」

「ごほん……うむ。君の言うことにも確かに一理あるな」


 デュランは自分の言葉に食って掛かろうとしてきた株主に向け、強い否定の言葉とともに貴族であり投資家である彼らの自尊心プライドくすぐる言葉を巧みに使い分けることで納得させることに成功する。

 先程席を立ち上がり、デュランへと詰めようとしていた株主は納得するかのように気まずそうな顔をしながらも、わざと咳払いをしてからゆっくり席へと腰を下ろした。


 実際デュランが口にした言葉の数々は真実ではあるが、必ずしも正しいわけではなかった。

 当然株式を上場したからといって、確実に儲かるわけではない。


 彼らもこれまでの経験から、そのことを重々承知していることなのだが、貴族たる自尊心がデュランの言葉を否定するのを由とはしなかったのだ。

 貴族は自分より下の者を見下すのと同時に、尊敬されたいと常に思って生きている自尊心の塊を具現化したようなものなのだ。


 そこには敢えて失敗すると理解していても、否定するという二文字は存在し得ない。

 何故なら、自分がこれまでしてきた行為を一度否定すれば、それまで行ってきた判断までも否定することにも繋がり、長年に渡って名家の貴族として築き上げてきたものを無へとすことに他ならない。


 彼らは身分が貴族であるが故に、家名や権力また面目を保つそのため、自分の首を絞めることを厭わない。

 それが貴族の貴族たる由縁でもあり、彼らが彼らたる存在意義なのかもしれない。


 デュランは自分も貴族であるが故、そのような言葉を用いて彼らに言い聞かせ、納得させたわけである。もしここで「そんなことは知らない」などと口に出来れば、その者は何事においても成功を収めるに違いない。


「それにですが、私は何も皆さんの持ち株をすべて欲しいというわけではありません。あくまでも一部……そうですね、お一人に付き2%ずつ頂ければそれだけで十分です」

「むぅ……2%か。それならば、それほど損する話でもないな。そう思わないか?」

「ああ。それに株式を上場すれば、デュラン君が先程述べたとおり今まで以上の利益を受け取れるだろうしな。よし、分かった。2%で手を打とうじゃないか。他のみんなはどうする? ここは彼の意思に従うべきじゃないのか?」

「そうだな……それに彼が代表だというのに名ばかりでも格好がつかない。私もその意見に賛成する」


 皆一様にデュランへ株式の2%ずつを、合計で10%を彼に手渡してくれた。

 だがその代わりとして、株式の上場することへの約束を取り付けたのだった。


 株主達はこう思ったに違いない。

 たかだか10%の株式程度で彼に何が出来るものか――と。


 だがそれも後々、デュランのことを若造だと侮り過ぎていたと後悔することになるのは言うまでもない。


 こうして奇しくもデュランの計画は動き出した。

 これこそが当初、彼が想い描いていた計画の一つであった。


 もしここでデュランが一切の欲を出さずに彼らが言うがまま、何の抵抗もなく株式上場に賛成を示してしまえば、かえって「何か企みがあるのではないか?」と逆に疑われてしまっていたかもしれない。もちろんその相手とは目の前に座っている彼らのことではなく、ルイス・オッペンハイムに他ならない。

 人は忌み嫌っている相手が自分の意見に賛同することに対して疑念や疑問を持つが、逆に否定することに対しては疑う余地を見出せない生き物である。それこそが付け入る隙となり、デュランはそれを逆手に取り相手から見ても不自然とは思えない行動に努めたのだった。


 また彼は資金難のため、出資者を募り資金を集め法人会社を設立した。けれども持ち株を持たない名ばかりの代表であったため、いつ出資者で株主でもある彼らが自分のことを裏切るのかと常に予想して行動していた。


 もちろん株の仕組みとは市場原理であるため、競争如何は言うに及ばず、他者との売り買いである売買も当然株取引においては付き物なのである。

 それは証券所などに上場して一般公開している株式だけでなく、公の場では売り買いされていない非公開株……つまり非上場している小さな会社といえども、その仕組みは変わる事はない。


 株主と代表者とはそれこそ切っても切れない関係で、信頼の上に関係が成り立っているとも言い表すことが出来る。

 それは会社の未来展望はもちろんのこと、事業計画や売り上げ、そして利益の元、その代表者が見せてくれる希望に夢を託して、多額の出資をするものなのだ。


 だがそれも一度ひとたび意にそぐわなければ、株主達からは容易に裏切られ、会社の株式は第三者へと売られてしまうことになる。

 それが常に起こる得るのが市場であり、上場するということなのである。


 そこに人の情などは存在せず、自分の利益となるかしか見られることはない。

 そして自分勝手に売り買いすることで、時に会社そのものの運命すらも左右してしまうことがあり、延いては社会全体に悪影響を及ぼしかねない。


 これこそが『株は大人の博打』や『マネーゲーム』などと揶揄されて呼ばれる由縁でもある。


 庶民にはとても縁遠いモノであるかのように感じられるだろうが、これこそが今の社会を象徴する一つの経済構築であると同時に、経済社会における実情なのであった。

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