第181話 定款の意義とその役目

「それで概要はどうするつもりだ? ただ株主達を嵌めて詐欺に遭わせて終わり……などと、口にするわけではあるまいな?」

「まさか……」


 さすがのルイスでさえも、その程度の話でリアン自ら提案を持ちかけてくるとは思ってもいなかった。リアンもリアンで、ルイスが冗談でそのようなことを聞いてきたと知りつつ、説明を続けることにした。


「ただの詐欺では、モルガン様の背後にいらっしゃるルイス様にまで害が及んでしまいます。そのような危険を冒す価値はありません」

「うむ。それはそうだろうな」


 リアンは前置きとして、そう口にするとルイスも異を唱えることもなく頷き、肯定して見せた。


「ですので、あくまでも何事も合法にすべく、投資する金をルイス様から借り受けるようにする……それでいかがでしょうか?」

「なるほどな……あくまでも騙したのはモルガンただ一人のみ。私は何も知らずに金を貸しただけで善意の第三者に過ぎず、もし仮に露見したとしても合法を装える……そういうわけなのだな?」


 ルイスはリアンの説明を受け、そのように理解しつつも一つだけ疑問が生じていた。


「だがな、リアンよ。それならそれで始めから、株主達からトルニアの株を直接取り上げれば済む話ではないのか? 私が初めに口にしたことなので若干矛盾しているのだが、そちらのほうが手っ取り早く会社を乗っ取れることだろう。そうではないのか?」

「ええ、それはそうなのですが……あの株式の定款には特別な条項がありまして、担保として預け入れたり、他の株主の承諾なしに譲り受けたりできないと書かれているのです」

「なるほどな、そういうことだったのか。きっとデュランの奴が……いや、普通の法人会社にある定款条項でも無くはないことか」


 株には『定款ていかん』とも呼ばれる取り決め事があり、その会社の株式を持つ株主達は所有権また実際に株券を所有(占有)していれば、否応なしに定款条項へ承諾したものと見なされることになる。

 もしもその定款に書かれている条件を破れば、破った本人の持ち株そのすべてが無効となってしまうことがある。これは故意や不本意的に関わらず、株主からの法人会社への損害を無くす目的であると同時に、他の株主達の利益を守る目的も含まれていたのだ。


 意図せず何らかの思惑を持ち合わせた者が借金の形として株券を受け取り、株主になってしまった場合に備え、会社を創設する者達はそれらを排除する目的で、そのような定款条項が記載されることがあったわけなのだ。

 それに対して貸し金業者などが対抗するには裁判所へと公平な審査を願い出たとしても、数ヵ月あるいは数年に渡るような歳月を投じることになってしまい、その結果として勝つか負けるかさえも運次第ということになるわけだ。


 だがそれも定款条項に記載があれば、仮に裁判所に願い出たとしても相手の主張が認められることはまず無いと言える。


 株を持つということは、それ即ち定款に記載されている条項を事前承諾するであり、法治国家である社会経済においてのそれは、一度契約ごとを認めると同義と見なされるため、そこから覆すことは誰であっても容易なことではない。それこそ社会道徳という平等の観点から、誰の目から見ても違法であると認められた場合のみ、異議が通ることがあるくらいなもの。


 それが契約というものであり、約束を締結ていけつするものであり、資本主義国家というもの。

 資本主義国家は経済を土台にした社会を成り立たせている性質上、手続き不備や不履行などの停滞及びとどこおりを嫌い、円滑性をより好む傾向にある。


 それでこそ社会経済が上手く回るというものなのだ。


 よって仮に裁判所に願い出たとしても裁判所は話の真偽を一切確かめず、目に見える証拠さえ整っていれば異議を唱えようとも最初から意味を成さないわけだ。それはつまり詐欺被害に遭ったとしても同じことが言える。


 詐欺とはそれ即ち、当事者同士間での契約取引に基づくものであり、仮に嘘の情報で相手を騙したとしても、被害者もその契約する際にはそれらを含め同意したと見なされるわけだ。

 それに商業取引においての詐欺とは、その取引自体が詐欺であると立証することが非常に難しく、よほどのことが無ければ罪に問われることは無いため、被害者達は泣き寝入りするしか道はない。


 何故なら商業取引とは商売を指す言葉であり、利益が出ることもあれば、その逆に損失を出すこともあるため、それが本当に詐欺であったか否かという見極めが第三者には判断がつかない。

 だからこそ詐欺では、第三者であっても理解を示せる目に見える証拠こそが何よりも重要であり、すべてあるとも言えよう。


 そしてまた資本家達は豊富な資金により、時に国でさえも動かすことが出来るのだが、正当性及び法を守ってこそ長く存続できるわけなのだ。


 それこそ一度でも禁へと触れれば、時には支配の及ばない事態にまで発展してしまうことも珍しくは無かったのだ。

 それはオッペンハイム商会の当主であるルイスといえども、決して逃れることはできない。


「なるほどな。それならば、貸し金を理由に株主達へ株式の一般公開させるように命じればいい……。リアン、それでいいのであろう?」

「ええ、あくまでも安全策を取ると言うことならば、ですね。どちらにせよ、貸し金はモルガン様を通じて手元に戻ってきます。その資金を用い証券所にてトルニアカンパニー株の買い占めをする。それに彼らの持ち株も市場へと流し、上場したその後に買い取れば誰にも結託しているとは知られることはありません。それに上場された株自体を買い占めることは合法的な行為ですし、何よりもこの方法が一番安全かと思われます」


 リアンは間にいくつもの人や工程を噛ませることで、人知れず尚且つ合法的に企業買収を仕掛けることを提案したのだ。

 当然ながら、デュランがそのことを知れば必ず妨害しようと動くだろうし、それこそが企業家トップに立っている者の本分であると言っても差し支えないことだろう。


 そしてそれこそがリアンの……そしてデュランの思惑とが合致した瞬間でもあった。

 リアンは主であるルイスに株式市場を用いて大損させる狙いがあり、デュランも自社株を用いてルイスのことを嵌めるつもりだったのだ。


 それこそデュランは出資者へ出資金を募ったあのとき、公証人であるルークスに話をしたときから既に温めてきたものである。

 最初から彼はルイスがトルニアの株を証券所で取り扱えるようにと仕向けて来るのを予想しており、また更には自らそうなるようにも仕向けてもいたのだ。


 その概要は定款条項の一文にこそ仕掛けが施されていたのだが、今はまだそのときではない。

 そしてルイスがデュランの意図とその本当の意味を知ることになるのは、トルニア株の買占めにより大損するという、痛手を負った後のことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る