第180話 鼻つまみ者の利用価値

「それでルイス様。具体的にはどうなさるおつもりなのですか?」

「ふむ。確か奴の鉱山への出資者達は五人だったな?」

「ええ、はい。持ち株比率も一人に付き20%ずつのようです」


 リアンは事前に調べ上げていた資料を捲り、主であるルイスの問いかけに答えていた。


「20ずつか。ならば、その中の三人を取り込むか、あるいは……」

「…………」


 ルイスは独り言のようにそう呟き、何かを考えている。


(ルイス様の狙いはあくまでも持ち株比率取得による、あの方が持つ会社の乗っ取り。そこを上手く突くことさえできれば、致命的な打撃と成り得るはず。それならば、今の私にできることは……)


 リアンもリアンで彼とは別の思惑を奔らせようと、これから先どのように罠へと誘い込ませるかと話の道筋ロジックを組み上げながら、彼の傍らで言葉を発せずに立っているだけである。

 そして何か良い案を思いついたのか、ルイスに向け徐にこう言葉を口にした。


「モルガン様に協力を仰ぐ……というのはどうでしょうか?」

「あの男にか? だが……ああいやいや、そうか。そういうことか。あの男は詐欺師紛いの不祥事ばかりを起こして性根が腐っているが、見てくれだけは貴族のソレ・・であるからな。それに奴は……」


 そこでルイスは口をつぐんでしまう。


 モルガンとはケインを賭けポーカーに誘い、破産させようとしていた中年の男性である。

 デュランが未然に防いだことでケインは事無きを得ることができたのだが、その代わりとしてモルガンはルイスの計画を駄目にしたと、その失態以降は彼から冷遇されていたのだ。


 元々モルガンはオッペンハイムの家とは遠縁の親戚筋であり、ルイスの家が一代で財を成したことから金の無心をするように入り浸っていたのである。

 他の親戚からも厄介者と称されており、鼻つまみ者の存在だった彼をルイスが利用する目的で有効活用しようとしていたのだったが、それも道半ばで頓挫してしまったため、彼の能力を生かす場がなかったのだ。


 モルガンの能力と言っても、いかにも嫌味な貴族らしい風体とともに口先だけで人を騙す詐欺紛いの行為くらいなもの。

 それでもリアンは彼を利用する手を思いついていた。


「えぇ、ルイス様の仰るとおりです。ですが、あの方を上手く利用すれば……」

「ははっ。リアンには何か考えがあるというのだな?」

「はい。それに表立ってルイス様が出て行くわけにもいきませんからね」

「まぁ……それはそうだろうな。デュランの奴も私が関わっていることを知れば、警戒するに決まっている。それでどうするつもりなのだ?」


 リアンが尤もらしくルイスの身を案じて言葉を弄していると、次第に彼もリアンの話に乗らざるを得なくなっていった。


 リアンの考えとは至極単純なものだった。


 トルニアカンパニーの株主達へ投資の話を持ちかける。当然その話は詐欺であり、株主達を騙す役割とはモルガンに他ならない。

 彼は人を騙すことにかけては、それこそ天才的な才能を持ち合わせいる。しかし、いつもどこかしらの爪が甘く、ルイスの家はその尻拭いをさせられてきた。


「投資話か。なるほど利益に興じた連中ならすぐにでも食いつきそうな餌だな」

「はい。それに彼らは以前から鉱山への投資を行っており、近年ではウィーレス鉱山へも多額の投資をしておりまして……」

「ウィーレス? ああ、私が数年前に貸し金の形に株を受け取り、その後破産に追い込んだ鉱山か。なるほど、連中はあそこにも投資をしていたのか? ははっ。それではまるで運命の導きではないか。愉快なことこの上ないぞ。はーっはっはっはっ」


 デュランの出資者達は数年前、トルニア鉱山から程近いウィーレス鉱山へと投資をしてルイスに煮え湯を飲まされ、みんな大赤字を背負わされていたのだ。

 それがまた今回、巡り巡って彼らへ詐欺の投資話を持ちかけようとしているのであるから、ルイスにはなんだか彼らのことが自分のお得意様のように思えてしまい、笑いを堪えきれずに盛大に嘲笑ってしまう。


 そんな笑っている主を尻目に、リアンはこう小声で囁いた。


「それにこの際ですから、モルガン様も亡き者にすればよろしいかとも」

「んっ? くくくっ。なんだと? リアン、今お前はなんと口にしたのだ? あの男を亡き者にするだと? これはこれはリアンにしては、なかなか物騒な言葉が飛び出してきたものだな! はーっはははははっ」

「あっ、いえ、少々言葉が過ぎてしまいました。物理的にはではなく、あくまでも社会的に・・・・……です」

「分かっている。分かっているさ、最初からな。そのように慌てて言い繕わなくても良いのだぞ、リアン。それでは本当にそうしてしまうかのようではないか? はっはっはっ」


 リアンは愉快そうに笑っているルイスのことを静止するかのように、慌てて言葉を訂正する。

 ルイスは言葉の綾だと理解しつつも、慌てふためくリアンを目の当たりにしながら、再度からかう一言を付け加え笑ってしまっている。


「…………」

「ははっ……は。おっと……リアン、機嫌を損ねてしまったか?」

「いえ、別に……」


 リアンな無言の視線をルイスへと差し向けると、些か遊びが過ぎてしまったと彼も笑うのを止めて彼の様子を窺がう。さすがに自分が裏でしてきたことを知っている、リアンの機嫌を損ねても何の得にはならないと、ルイスは心の中で反省するのであった。

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