第4章 没落貴族の貶め方

第179話 乗っ取りへの算段

「つまり、ルイス様はあの方の会社である『株式会社トルニアカンパニー』、その株式の買占めをなさるおつもりなのですか?」

「ああ、そうだ。奴の鉱山は岩塩が採掘できて以来、着実に利益が出始めている。このまま放置すれば、いずれ我々と対抗できるまでの力を付けてしまうことになるだろう。それを阻止すべく方策の一つとしての考えだ」


 数日後、リアンはルイスから改めて次の方策についての説明を聞かされている最中であった。

 当然その相手とはデュランであり、ルイスの標的は目下、製塩事業の要である岩塩が採掘できるトルニア鉱山であったのだ。


 デュランの鉱山と製塩所は、それこそ日増しに利益を増加させており、このままだと彼らが自分達に対抗できる力までも付けてしまうことだろう。そして遠くない未来、彼らが何らかの攻撃を自分に向けて仕掛けてくるとルイスは予想していたのだ。


 企業買収や鉱物資源をはじめとした入札に関しての妨害工作はもちろんのこと、それに近隣の廃鉱山の買い付け、またそれらに纏わる権利や利権諸々にまでデュランに手を出されてしまえば、いくらルイス率いるオッペンハイム商会と言えども影響がないわけではない。然るにこのままただ黙っているわけにはいかなかったのだ。


 製塩事業で利益を上げているとはいえ、今ならば資金勝負でルイスが負けるということはまずありえないが、このままだと日増しに勢力を伸ばしてくるのはまず間違いなかった。そうなってしまえば、いくら力があるルイスとはいえ、デュランを潰すことは容易なことではなくなってしまうのだ。


 だからその前に何かしら弱みを見つけて潰す……その思惑の一つが、今ルイスが口にしたトルニアカンパニー株の買占めであった。


 だがそんな虎視眈々こしたんたんと意気込むルイスとは対照的に、リアンの顔は暗いものである。

 そのような表情を見せる彼のことが珍しいと思いつつも、ルイスは彼に向かいこう問いかけることにした。


「リアン、どうしたと言うのだ? 顔が暗いぞ。もしや、今の考えに関しての何かしらの懸念事項でもあるというのか?」

「えぇ。ですが、その……」

「なら、言ってみろ。遠慮することはない」

「それでは……彼の鉱山であるトルニア・カンパニーは確か、株式を発行してはいましたが、まだ市場へと公開はしていませんでしたよね?」


 リアンの懸念とは株を買い占める方策よりも、そもそも論としてデュランのトルニアカンパニーが株式を市場へと一般公開していないことが気がかりだったのだ。

「いくら金を積もうが、そもそも売られてもいない株式を買うことができないのではないか?」と、リアンは主であるルイスへの疑問として口にする。


「なるほど、そのことを懸念して怪訝そうな顔をしていたのだな。そうだ。基本的に証券所を通さなければ関係者以外……それこそ会社の役員でも無い限りは、その会社の株式を購入することはまずできないと言っていいだろう。それもデュランの憎き相手であるこの私では、代理人を立てようが無理というものだ」

「ならば、株の買占め自体が実現不可能なことではないでしょうか?」

「ふふっ。そう話をくな。どうしたというのだ? いつものお前らしくもない。どこか冷静さに欠けているようにも見受けられるぞ」

「あっすみません」

「もういい。珍しいものを見られたからな」


 リアンはそう指摘されて初めて主の前で失態を口にしてしまったと、慌てた様子でルイスに頭を下げ謝罪する。

 けれどもルイスはそんなことは気にせず、むしろ普段見ることないリアンの様子を見て取り逆に喜んでいる様子であった。


「今私が考えていることは私自身その関係者となるか、もしくは関係者自ら市場へと株を公開させるか、その二つだ」

「なるほど……ですが、そう簡単に株を公開するものなのでしょうか? 今でも利益が出ているのだから、敢えて他者へとその利益を分け与える必要性はありませんよね? それに彼の投資家達はみな、株主となっておりますし。突き崩すのは容易ではないように思えるのですが……」

「ふふっ。そうだ。だが、逆にこう考えればいい。必要性が無ければ、それを作り上げれば・・・・・・いいだけのこと。どうだ、単純で分かりやすいだろ? デュラン本人は慎重になっているだろうが、他の株主達はみんな投資家達だ。それもこれまで株や投資によって度重なる敗北を積み重ねてきたクズのような連中だ。利益を得た今、その損を取り戻そうとするに決まっている」

「必要性を作り上げる……ですか? なるほど隙を見せようとしない本人ではなく、株式を持ち合わせている株主達を標的ターゲットにするわけですね」


 リアンはそこで、ありとあらゆる工作の手立てを考え始める。


 法人会社が株式を証券所へと持ち込み、一般へと公開するのには確かな理由が存在する。

 その一つは広く株主を募集することによる莫大な資金調達のためである。


 高々数人程度の株主では集まる資金も程度が知れるというもの。それを数十人数百人へと拡大させれば、人数に比例する形で資金も豊富に集まることになる。

 それこそ証券所へと上場された株式の価値は、その会社の人気に比例して額面を上回ることがほとんどなのである。


 株式の人気とは、それ即ち利益配当金または売却することによる含み益のことを意味しており、それによって得られる利益が多ければ多いほど、株式の額面に書かれた以上の価値を持って証券所で取引されることになる。

 また会社の利益はもちろんのこと、経営することによる売り上げや利益、そして会社の未来への希望を人気として数値化したもの、それが株式の公開とも言えるわけだった。


 一見すると株式を市場へと一般公開することはメリットばかりのように思えるようだが、当然ながらデメリットも多く存在する。

 一つは不特定多数の人が株を自由に買える事による企業買収への懸念だ。これは持ち株比率により、その所有できる権利が異なることになる。


 株主総会の議決は持ち株一つにより一票と決められており、その比率による役員の任命や解任はもちろんのこと、会社の経営方針や新規株式の発行などを議決権を持って決めることができ、果ては会社の解散まで自由に決めることができてしまう。


 また既に発行され上場されている株式の過半数……すなわち50%を超えて所有した者には役員の任命権が得られ、持ち株比率が2/3以上の場合では定款の変更や募集株式の条項決定、自己株式の取得、事業譲渡などありとあらゆることが他者の株主の思惑に関係なく、その会社に関することすべてを自由に決めることが出来るわけだ。


 そしてもう一つの懸念は、会社というものは常に売り上げや利益が増え続けるわけではないということであった。そしてそれが意味するものは、株式を所有することによって得られるべき配当金の減額ということになる。


 もし受け取る利益が少なくなれば、当然のことながらその株を手放す人も多くなることで、そこから更にはその会社への失望感から人気への陰りが生じてしまい、そのまま上昇することなく株価暴落へまっしぐらとなり、他者からの企業買収が容易となってしまう。


 そうなってしまえば会社の役員はもちろんのこと、会社の資産までも見知らぬ誰かによって自由にされてしまうことになる。それに対して異議を唱えようにも、そもそも議決権が足りないので、何を議題として提案しようが即座に否決されてしまい、結局は意味を成さなくなってしまう。


 一口に株式の一般公開とは資金調達を容易にするのと同じく、企業買収までをも容易にする諸刃の剣であると言える。

 それこそルイスのように多額の資金のある者にとってみれば、それは赤子の手を捻るのと同義である。


 企業を起こす企業家達は皆、自分もしくは身内に株式の過半数以上を持たせ会社を守るわけなのだが、生憎とデュランは株式を一つも持ち合わせておらず、名ばかりの代表役にすぎなかったのだ。

 だからこそルイスの付け入る隙を与えることになってしまったのだったが、それと同時にそれこそが餌を求めて自ら罠へと飛び込む兎であるかのようにも、今のリアンの目には映っていた。

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