第176話 不敵なまでのマーガレットの微笑み
「それでは代わりとして何か欲しい物はないのか? キミのおかげで私も大損せずに済んだのだ。何でも好きなものを言ってみてくれていいぞ。はっははははっ」
「そうね……特別欲しい物は今のところはないかしらね。それよりも貴方の信頼を得られただけでも十分すぎるくらいだわ。それ以上を望むだなんて罰が当たってしまうわよ」
「そ、そうか? 見かけどおりに我妻は慎ましいのだな。だが、もし何かあれば遠慮せずに言って欲しい。分かったな?」
ルイスはマーガレットの機転のおかげで、塩の売買で損を出さずに済んだことを上機嫌で褒め称えていた。
実際問題、彼女の助言がなければ当初ルイスはリアンと計画していたとおり、市場に流通していた定価以上もする塩の買占めまでを行ってしまい、大損を出していたかもしれなかった。
それでもオッペンハイム商会の屋台骨が傾くほどの損失でないとはいえ、損は損なのである。だがそれも大損ではなくて軽微な損失程度ならば、それは良い意味で得であったとも考えられるわけである。
これはいわゆる
「ええ、ありがとう。でも私のことよりも、情報を集めるため奔走してくれた彼にこそ、貴方はお礼を言うべきじゃないかしらね?」
マーガレットは手柄は自分だけの物ではないと、彼の傍に控えている執事リアンにも礼を述べるべきであると進言する。
「ん? リアンにもか?」
「もちろんそうよ。彼が傍に居てくれたからこそ、貴方はこうして高笑いできるのではなくて?」
「それもそうだな……キミの言うとおりだマーガレット。リアン……おい、リアン? お前は何をそのように難しい顔をしているのだ?」
ルイスは彼女に言われるがまま、忠実な
見れば彼の顔付きはとても険しいものであり、上機嫌で笑っていたルイスですら違和感を覚えずにはいられないほどである。
「……えっ? ああ、何か御用でしょうかルイス様?」
「ふむ。今マーガレットがお前のことも褒めるようにと口にしていたのだが、聞いていなかったのか?」
「あっ……も、申し訳ありませんマーガレット様っ!!」
ルイスは主人の妻であるマーガレットの機嫌を損ねてしまったかと勘違いし、慌てて彼女に向かい頭を下げながら自分にある非を謝罪した。
「私のことなら大丈夫だから気にしなくてもいいわ。それよりもどうかしたの?」
「いえ、特には何も……」
マーガレットもルイス同様、そんなリアンの態度に何か引っ掛かるものを感じ、気遣いの言葉をかけたが彼は口篭るだけだった。
「
「っ」
「そうなのか、リアンよ?」
「えっ……その……」
鋭いまでのマーガレットの言葉に対し、リアンは思わず後退りしそうになっていた。
だがしかし、主人であるルイスに声をかけられてしまい、その場を離れるタイミングを逃してしまう。
「ああ、なるほど……そういうことね」
「何がなるほどなのだ、マーガレット?」
マーガレットはそんなリアンの不可思議な態度を見て取り、何かを納得する形で頷いていた。
ルイスは何のことか分からないと、彼女に問いかける。
「いえね、リアンはきっと自分のせいで損を出してしまいそうになったから、主人である貴方に叱られるのではないかと心配していたのよ」
「私に叱られるだと? リアンは私に何か怒られるのではないかと、そのような神妙な顔をしているというのか?」
「ええ、だってそうでしょ。市場に出ている塩の買占めを提案したのは彼なのでしょ? もしあのままだったなら、貴方は大損していたところなのよ。そりゃ~彼だって気が気じゃなかったはずに決まってるじゃないの」
「ああ、なるほど! そうだったのか、リアン?」
「え、えぇまぁ……は、い」
リアンの代わってマーガレットが彼の心情を察するかのようにルイスに説明すると、彼は戸惑いながらも頷き、彼女の言葉を肯定してみせた。
「そうだったのか。これは私の配慮が及ばなかったな。すまないな、リアン。何もお前の提案が悪かったわけではないのだぞ。私だって賛同したのだから、同罪なのだ。それに我妻のおかげでそれも事前に回避することができたのだ。結果がよければ、私は何も問わない。だからそのように暗い顔をして気に病むことはない」
「……ですってよ? 貴方の主人は貴方が
「っ!? は、はい……ありがとうございますルイス様」
ルイスは諭す形でリアンにそう語りかけると、その真正面に居たマーガレットが意味深にも含み笑いをしてからリアンへと疑問交じりながら、「貴方はどうするつもりなの?」と問いかけてくる。
それを見て取ったリアンは、慌てながらにルイスへと過ちを許してくれたことへの礼を述べた。
「うむ。まぁ誰しも失敗は付きものだ。肝心なのはそれをどう次へと生かすことができるか。そのときこそ人の価値というものが現れるもの。だからそのように気に病む必要はないのだ、リアン」
「はい。肝に銘じます」
「ふふっ」
ルイスは再び上機嫌でリアンに向けてそう口にするのだったが、対する彼はそれを聞き入れ頷いて見せた。
だが頭を下げるその瞬間、チラリと横目にマーガレットへと視線を差し向けると彼女は意味深に笑顔を向けていた。
リアンにはそれが何故だか得も言えぬ恐怖を感じ、そして不安の二文字を胸に抱いてしまうのだった。
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