第173話 ルイスなりの処世術

 ルイスはこれまで他人から『人ではない冷酷な悪魔を模した者』などと言われ、罵られてきた。

 だがそれも周りの人間を押し退け成り上がるためには、必要なことであると自分自身に言い聞かせ、彼は周りの人間が口にするとおりに人であることを辞めていたのだ。


 それこそ金を貸した相手が返済できずに自殺しようが、その家族がそのあと別の醜悪な貴族の妻となり、その子供までも性奴隷のような扱いをされようが、ルイスにとっては金にさえなればどうでもいいことにしか思えなかった。


 それなのに……である。


 たった一度マーガレットの言葉を用いることのない口付けをされてしまい、たったそれだけのことで彼の心は人の感情を取り戻してしまったのだ。それはまるで春の雪解けを待ちわびていた、花のようにも心の中で芽吹いていくのをルイス本人も自覚する。


 だがそれでも一度植えつけられてしまった疑念は、そう簡単に拭い去れるものではなかったのだ。


「キミは本当にデュランのことを陥れるつもりなのか? もう一度だけ、私の目を見て口にはしてくれまいか?」


 ルイスはマーガレットに向けてそう口にする。

 それが今の彼にできる精一杯の抗うことができる気持ちの表れだったのかもしれない。


「ええ。私は貴方と婚姻を結び手を貸すことで、デュランに復讐するつもりよ。だから貴方の手を借りたいわ。……いいでしょ?」

「……わかった」


 マーガレットは一切の迷いなくルイスの目を見ながら、そう口にすると彼は頷く形でようやく彼女の想いを受け入れることにした。


「すまない。何度も疑うようなことばかり口にしてしまって……」

「別にいいのよ。私には慣れていることだわ。それに貴方のような職業では、それも仕方の無いことでしょう。だからそのように頭を下げてまで私に謝る必要はないわよ。分かったのなら早く頭を上げてたらどうなの?」

「う、む。そ、そうか?」

「ふふっ」

「ぅぅっ」


 ルイスは口調も態度もやわらがせると、これまで彼女に対して抱いていた疑いの心を持ってしまった自分を恥じ、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。マーガレットも特別気にしていないと言った感じにそれを受け入れ、彼の環境がそれを許さなかったのだと理解を示し、むしろ逆に感謝の気持ちをを示した。


 ルイスはマーガレットの尻に敷かれつつもあると思ってはいたが、何故かそれに抗うことが出来ずにいた。何か口にしようと思っていても、そのように自分へ笑顔を差し向けられてしまえば黙るほかなかった。


「それで話を蒸し返すようで悪いのだが、キミがデュラン君へと復讐することを志した切っ掛けはこのネックレス……いや、指輪が原因ということでいいのか?」

「……ええ。貴方も既に知っているでしょうけど、それは彼が婚約者の証として、私にくれたものなのよ。それを彼が戦争へと赴くというので、お守り代わりとして預けたの。でもそれを何故貴方が持っているのかしら? 本当にデュランがお金に困って貴方に売ったりしたの?」


 未だマーガレットは信じられないと思っていたのか、ルイスにデュランが持っていたはずのネックレスと指輪を入手した経緯について聞いてきた。


「ああ、そうだ。アレは確かキミとケインとの結婚式の翌日だったかな。彼が何かを買うためにと、わざわざ私の店までやって来てこの指輪付きのネックレスを差し出し、金を融通してくれと頼み込んできたのだ」

「デュランがそんなことを……」

「キミもショックなことだろうが、彼もなんだか金に困っている風だったからね。私はこの銀のネックレスと銀の指輪を金貨2枚という、破格の値段で譲り受けることにしたんだ」

「金貨2枚も? そんなに……。本当に貴方はそれを金貨2枚と交換したというの? 俄かには信じられないだけれど……」


 マーガレットは思い出すかのように語るルイスの話を聞き、彼が施したという温情に驚きを隠せず何度も聞き返してしまう。


 だが彼女のそんな言葉も無理もないと言うもの。なんせネックレスも指輪も純銀製品とはいえ、とてもじゃないが金貨に相当する価値はなかったのだ。


 最低でも、その10倍以上の値は……いいや、100倍200倍ほどの純銀製品でもなければ、金貨二枚とは釣り合わない価値であることを彼女自身ちゃんと理解していた。だからこそルイスがデュランとそんな取引をしたこと自体、信じられるわけが無かったのだ。


「…………彼には“返すべき礼”があったからね。それで……だよ」

「そう……そうだったの。デュランにそんなことが……」


 驚きを隠せないマーガレットとは対照的にルイスは、あのときデュランからされた屈辱的な光景を思い出し、感情一つない顔でそう口にしていた。

 けれども彼女はそれに気づくことなく、額面どおりにその言葉を受け取ってしまう。


 そんな彼女の表情を見て取ったルイスはわざとらしくも、こんな言葉を口にする。


「ま、彼に対する温情という面も確かにあったかもしれない。私だって周りの人間が口にするような冷酷な面ばかりではない。あくまでもこの見た目のとおり、普通の人間だからね。少なからず情くらいは持ち合わせているさ」

「……そうよね。普通なら銀貨十数枚ほどの価値がないものを金貨二枚で買うわけないものね」

「ああ、ああ、そうだとも。それに彼とはこれからも長い付き合いになるだろうからね。恩を売るにはちょうどいいとも考えていたのだ」


 マーガレットはようやくルイスが持ち合わせていた、指輪付きのネックレスの経緯について納得を示した。


 本来の経緯では、デュランはネリネの母親を救うべくして薬ために彼に差し出して金貨へと換えたのだったが、ルイスがそれを敢えて口にすることは無かったのだ。


 デュランとマーガレットは奇しくもルイスの言葉巧みな処世術と冷酷且つ狡猾なまでの策略にまんまと嵌められていたのだが、彼らがその事実を知るのはもっと先の話になる。

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