第169話 狡猾なまでの罠
(だがそれでいい。そちらのほうがかえってデュランから奪い取る価値が増すというものだ。それに言葉や態度だけで表面上をいくら繕おうとも、内面では激しく動揺しているに違いない。それに跳ねっ返りのジャジャ馬だからこそ、乗りこなしがいがあるというものだ。見ていろよ、デュラン。この女は私が嫌というほどに躾てやるからな)
ルイスは目の前で自分に反発した態度を取っているマーガレットを眺めながら、これから先どうやってデュランに対する嫌がらせをしてやろうかと考えていた。
そんなことを知ってか知らずか、彼女は激しく机を叩いてからこんな言葉を口にする。
「私の質問に答えてちょうだい、ルイス・オッペンハイム!」
「はぁーっ。やれやれ……」
「なによ、その溜め息は? 貴方、私のことを馬鹿にしているの!?」
業を煮やした彼女とは対照的にルイスは呆れ返るような溜め息をついている。
だがそんな態度が逆に彼女の神経を逆なでしていた。
「(ぼそりっ)面倒な女だな……」
「なっ、なぁっ!?」
「ああ、今のも聞こえてしまっていたか? すまないな。私は思ってしまったことは必ず口に出すタイプでな。気に障ったのか?」
「はぁ。……ええ、いいわよ別に。私のほうこそ、冷静さを失っていたかもしれないわね」
ルイスの態度が一向に変わらないと知ったマーガレットは、これ以上感情の思うがままに任せて詰め寄っても無駄であると悟ると一先ず気を落ち着かせて冷静になることにした。
「うむ。最初からそのような態度なら、私も話をしてやったのだが」
「……いいから、事の経緯を話してくれるかしら?」
「よし、いいだろう。だが、これといって詳しい話も説明も何もない。あれは1年前のことだったかな、まだケインが生きていた時に私の元を訪ねて来たのだ」
「デュランが貴方の元を?」
「ああ、そうだとも。私も意外だったというか、今のキミが浮かべている表情と同じ思いを抱いてしまったよ」
マーガレットは少し怪訝そうな顔付きをしながら、ルイスの話に耳を傾けていた。
ルイスは少しだけ口元を緩めつつも、彼女に悟られぬよう話を続ける。
「話を聞けばなんてことはないさ。デュラン君が金に困り果てて、私の元を訪ねて来てこの指輪付きのネックレスをいくらかで引き取って欲しい……そういったつまらない経緯があるだけなのだよ」
「デュランがお金のために……そんなことを……」
未だにそれが信じられないと彼女の顔は影を落としてしまうが、ルイスの話に何一つ嘘はなかった。
若干その話には誇張があるものの、デュランはルイスの元を訪ね自ら指輪付きのネックレスを彼に差し出して金の都合を付けて欲しいと頼み込んだのだ。
だからこそルイスは到って冷静なまま、ただ淡々と彼女が興味を示す言葉を並べ立てるだけに留める。
それがかえって話の重みと現実味を与えてしまい、彼女はその話すべてが事実であると思いこんでしまう。
(本当は病気の誰かに薬を買うためだとか、当時のデュランには深刻な理由はあったはずだが、それを敢えてこの女に言う必要性は皆無。それに私は嘘を口にしているわけではないのだから、後から真実を知ったとしても、いくらでも言い逃れることができる)
ルイスは嘘を口にはしていなかったが、それと同時に真実も口にはしていない。
そして仮に真実が彼女に知れたとしても、責められる謂れがないほど言葉を選びに選び、彼女に聞かせていた。これこそが周りの人間から狡猾と言われる由縁でもあり、これまでの人生を歩んできた彼なりの処世術でもあった。
「ま、だがキミもデュラン君を責めないでくれたまえよ。なんせ彼は従兄弟に財産など諸々を奪い去られ、食べるのに困ってもいたのだから仕方のないことだろう。キミだってそう思わないのか? ああ、そうか。いやいや、確か彼はこう口にしていたなのだったな。『これは自分が何よりも大切にしていたもの』だと。ふむ。見ればどうやらこれは婚約指輪に相当する物のようだ。もしやキミが……」
「…………」
「些か話しが酷だったようだな。キミも早くこのことを忘れてくれたまえ……(ふっ)」
ルイスはわざとらしい言葉を並べ立てデュランのことを陥れようとしていたのだったが、生憎と目の前に居る元婚約者のマーガレットは信じられないといった顔のまま、何も言葉を発しようとはしなかった。
今の言葉すら彼女が聞いていたのか定かではなかったが、それでも一応慰めの言葉を口にしてからニヤけるように口元を緩める。
(くくくっ。これでこの女はデュランに疑念を……いや、不信の心を抱かずにはいられないはずだ。もしかすると、これまで庇ってきた態度を改めるかもしれんな。こんなに愉快なことが他にあるか? 他人を助けるために売り払ったものが、かえって自分の首を絞める結果となってしまう……。デュラン君、人の運命とは酷なものだね。他人事ながらも同情してしまいそうになってしまうよ。ああ、この場にキミが居なかったことだけが悔やまれてならない。もしここに居合わせていたのなら、キミは一体どんな顔をしていたことだろうな……)
ルイスは今この場で絶望へと打ちひしがれデュランに裏切られたと言った表情を浮かべているマーガレットの顔を彼に見せられたらと思いつつも、この場に彼を呼ぶべきだったかもしれないと少しだけ残念そうに思っていた。
これほどの余興は人生で一度あるかないかの見世物。そのせっかくの機会を失ってしまったことをルイスは悔やまずにいられなかった。
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