第168話 信頼と絆の証

 デュランとリサが幸せを噛み締めているのと時を同じくして、マーガレットは朝も早くからルイスの使いで自分のことを呼びに来たというリアンと会って話をしていた。

 朝早くから女性を尋ねてくるなんて非常識だと思わず口にしそうになったが、それでもルイスの機嫌を損ねても何の得にもならないと言われるがまま、ルイスの屋敷へと招かれることにした。


「それでルイス、一体私に何の用なのよ? 朝早くに起こされ、馬車で迎えに来るくらいですから、さぞかし大事な用件なのでしょうね。まさかとは思うけど、結婚式の日取りでも決めようと言う話?」

「くくくっ。せっかちな女だな。どうして朝も早くからそのようにギャーギャーとヒステリーか、子犬のように騒ぐことが出来るのか、私としてはそちらの方が断然気になるがな」

「なっなっ、なんですってぇ~っ!? 私がヒステリーを起こしているというつもりなの!? そもそも貴方から私のことをここまで呼び付けておいて、その言い草はちょっと……」

「まぁ待て」

「くっ……ふん!」


 一切配慮のない言い草と不平不満が溜まりに溜まり、マーガレットはルイスへと食って掛かろうとしたその瞬間、彼が突き出した手により出鼻を挫かれてしまった。

 まさか改めて仕切り直すわけにもいかないので、彼女は機嫌を損ねたような態度でソッポを向いてしまう。


「実はな、キミに特別なプレゼントを用意したのだ。ほら、受け取れ」

「ふん……どうせ私と婚姻を結ぶための指輪か何かなのでしょ? うん? でもこれは……」


 ルイスはマーガレットへ事前に用意していたというプレゼントを手渡してきた。

 受け取った彼女はくだらない小道具だと決め付け、あまり真剣には取り合わないつもりだったが、彼が渡してきた物は縦に細長いものであった。


 一瞬、夫婦である証を証明する指輪の類だと高を括っていたマーガレットであったが、それは指輪を入れる四角く小さな箱ではなかった。

 むしろそれはネックレスを仕舞い入れる箱のようにも見え、何故こんなものをルイスが自分へのプレゼントとして寄越してきたのかと不思議でならない。


「いつまでも不思議そうな顔をしながら外観ばかり見ていないで、箱を開けて中に何が入っているのか確かめてみたらどうだ?」

「どうせ私のことを懐柔しようという魂胆なのでしょ? だけどお生憎様。私はこんなネックレスや宝石の類にはまったく興味がないのよ。これが私を呼びつけた貴方の用件だというのなら、私はこれで帰らせてもらうわね」


 そんな疑念や不可解な思いが顔に出ていたのか、ルイスは箱の中を開けるように言ってきた。

 だがマーガレットはそんなもの自分には興味がないものだと決め付け、箱の中を開けて確かめることはせずにそのまま帰ろうと踵を返してルイスに背を向けてしまった。


「くくくっ。そんな態度を取ってもいいのか? 中身を見ずしてそのまま帰れば、お前はきっと心の底から後悔することになるぞ」

「えぇ、えぇ。そうでしょうとも。そもそも朝早くからここに来てしまった時点で、心底後悔しているわよ。それじゃあね……さようなら」


 ルイスが引き止めるのを聞かずして、彼女は部屋の扉を開けて出て行こうとする。

 だがそんな反応すらも最初から予想済みだったのか、ルイスはこんな一言を口にして彼女の歩みを止めてしまう。


「そうか……だが残念だったなぁ。せっかくデュラン君からプレゼントされた銀のネックレスだというのにキミは気に入らなかったか。仕方がない、彼が大事にしていたというこの婚約指輪とやらは処分してしまおう」

「っ!? なっ……それは……そのネックレスと指輪は……」


 ルイスのわざとらしくも芝居がかった言葉を耳にすると、マーガレットは反射的に振り返ってしまう。

 彼女はルイスが箱を開け、中を自分の方へとわざと見せ付けているネックレスに見覚えがあった。


 それもそのはず、ルイスの手中にあるそのネックレスは元は自分の持ち物であり、指輪もまたデュランから婚約の証として渡されたものであったのだ。

 唯一自分とデュランとを繋ぐ架け橋であると同時に、それまで互いに築き上げてきた信頼や絆の証。それを何故ルイスが今手にしているのだろうか?


「おや、マーガレットどうしたというんだい? 家に帰るんじゃなかったのかな? ああ、それともこれが気になるのかな? くくくっ」

「くぅ~っ!?」

「まぁそのように怒らずにとも、とりあえずそこへ座ったらどうだ?」


 ルイスはわざと彼女のことを煽るような言葉を並べ立て、自分の仕事机を挟んだ目の前の椅子へ座るように手で合図して彼女を座らせた。

 マーガレットはこのまま帰るわけにも行かず、目の前の男の態度と言葉がしゃくに障りつつも従うほかなかった。


「ふ、ふん!」

「くくくっ」

「なによ?」

「いや、何もないさ」


 マーガレットはルイスに操られているような気がして、言葉と態度で示すようわざとらしくも椅子に強く腰掛ける。

 それを見て取った彼は口元を隠して愉快そうにしていたが、指摘されるとすぐに言い繕う。


「それで、何故貴方が私の婚約指輪を持っているのよ?」

「なんだ聞いていなかったのかね? 私は先程デュラン君からプレゼントされたと口にしたはずなんだがな」

「っ!? でゅ、デュランが貴方なんかに、その大切なネックレスと指輪を渡すわけがないでしょうがっ!! ど、どうせ盗んだか、落とした物を拾ったに決まってるわ」

「ふん。相変わらず気だけは強い女だな。声だけでなく、体まで震えているというのに……」


 マーガレットは動揺から言葉を強めにして虚勢は張ってみたがいいものの、ルイスの指摘どおり声が震え、それと呼応する形で体まで小刻みに震えていた。

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