第166話 医者でも治せない病

「俺のせい……なんだろ? 違うか、リサ?」

「っ」


 デュランの言葉を聞き、リサは黙ってしまった。先程マルクは本人の無自覚と口にはしていたが、本当は彼女自身、原因に思い当たる節があったに違いない。そしてそれこそがデュランであったわけである。


 彼女の心の負担はデュランに起因しており、症状が悪化するのも改善するのも彼によるものだったのだ。


「ち、違うよ、お兄さんのせいなんかじゃないよ」

「だがっ!」

「まぁまぁ二人とも、少し落ち着いてみたらどうだ?」


 デュランはリサへと詰めようとするが、それは逆効果だと言わんばかりにマルクが口を挟み、こう言葉を続ける。


「一つ一つ確かめてみるのが先だろう。原因が何なのかを突き止めなければ、改善のしようがない。それは逆に症状の悪化にも繋がるわけだ。私が何を言いたいのか、キミは分かっているね?」

「は……い。わかりました」


 そう言われてしまえば、デュランは引き下がるほかなかった。また自分が頭に血が上っていたことを自覚し、とりあえずリサの傍らに寄り添う形で椅子へと腰掛け話を聞くことにした。


「ふむ。どうやらキミは原因に心当たりがあるようだね?」

「……」


 医者の問いかけにもリサは答えなかった。だがその沈黙こそ、肯定の意味と同じであると考えた彼は違う角度で質問を続ける。


「では、こうしよう……。一体どんなときにキミは目が霞んだり見えなくなると自覚するのかね?」

「それは……」


 リサは答えようとしたが、その視線はデュランの方をチラリっと向けると、そのまま口を噤んでしまった。


「やはり彼が原因……か。うーむ、昔から男女の色恋事は医者でも治せないというが……」


 それは呆れの言葉を吐くというよりも、諦めの言葉に等しかったかもしれない。だがそれでも彼は医者として、患者であるリサと向き合うため、こんな言葉を口にする。


「キミが彼の前で話したくないという気持ちが痛いほどに理解できる。だがな、それはキミ自身の問題だけじゃなく、彼の人生まで不幸にしてしまうことになるんだ。そのことをちゃんと理解しているのかね?」

「なっ! ……っ」


 医者であるマルクが彼女に向けて口にした厳しい言葉を、その隣で聞いていたデュランは思わず何かを口にしようと身を乗り出したのだったが、彼から視線を差し向けられ尻込みしてしまい、そのまま腰を降ろしてしまう。それは医者と言えども時には患者に向けて厳しい言葉を告げなければいけないという、彼の覚悟がそうさせたのかもしれない。そしてこうも言葉を続けた。


「医者は確かに患者を救う事が出来る。だが、それは何も医者だけに限った話ではない。そしてそれは患者本人が治そうとする意思があってこそ、成り立つものなのだよ。本人に治す意思がなければ、いくら私が努力しようと一向に改善することはないんだ」

「っ……ぼ、ボクだけじゃなくて、お兄さんまで不幸になっちゃうの?」

「ああ、そうだとも。現に隣に居る彼の顔を見てごらん。キミの目から見て、今の彼は笑っているのかね?」

「っ!?」


 リサはそんなマルクの言葉にハッとして、デュランの顔を見てしまう。

 隣に寄り添ってくれる彼の顔は、とても悲しみに満ち溢れ、お世辞にも幸せであるとは言えなかった。そしてそれが何より自分が原因であることを、リサ自身誰よりも自覚していたのだ。


「……リサ」

「お兄さん……ごめんね」

「いいんだ。リサは何も悪くはないさ。だからそんな顔をするなよ……ほら」

「うん、うん」


 デュランは今にも泣き出してしまいそうな彼女の手を握り締め、そう優しく語りかけた。


 もし今ここで彼が自分が悪いなどと口にしてしまえば、彼女の心の負担はより増してしまうかもしれないと考え、デュランはそのことを口にはしなかった。その代わりとして、彼女の瞳から零れ落ちる涙を指の背で拭ってやる。


「ごほん。良い雰囲気のところすまないのだが……。そろそろ本題に入ってもよろしいかね、お二人さん?」


 わざとらしくもマルクは咳払いをしてから、改めてリサの病状の原因について話を聞くことにした。

 リサも既に覚悟を決め、先程までの態度とは一変して素直に聞かれたことに答え始める。


「では、もう一度聞くが日常的に目が霞んだりボヤけたりはするが、見えなくなることはない。そして何もモノが見えなくなったのは、昨夜のみだった。それもそこに居る彼のことを思うだけでも時折動悸が激しくなり、一人になると症状が悪化する……ということだね?」

「はい。そうです」


 マルクは再度確認するためにと、彼女から聞き取りをして紙にまとめ書きしたものを一つ一つ読み上げていく。リサはそれを聞きながら、返事をして頷いた。だが、その顔には迷いは一切なく、手を握ってくれている彼の顔を最後に見てから頷き、返事をしている。


「なるほど……やはりキミの症状は心の病から来ているようだね。それも恋煩いというには、些か症状が重いかもしれないな」


 マルクはリサの返答を聞き、改めて彼女の症状が精神的なもの、心の病であると二人へ告げた。

 デュランもリサも覚悟していた事とはいえ、改め医者である彼の口からそう言われてしまい、目に見えてやや顔が強張ってしまう。


「それで先生、リサの目は治るんですかね?」

「うむ。それもキミ次第と言ったところだろうね」

「えっ?」


 マルクはあろうことかリサ本人ではなく、デュランのことを指差してそんなことを口にしたのだった。

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