第165話 心の負担
「じゃ、じゃあ症状は……リサの目は野菜や果物、肉などをちゃんと食べれば回復するんですね?」
「私は医者であるから、何かを確約するようなことを口にすることはできない。だが
デュランのその必死な問いかけに対して、彼は医者としての断りを入れてからそう口にした。だがそれも、確実に治癒するというわけではないらしい。あくまでも栄養の摂取は対症療法にすぎず、現状を維持できるかどうかすらも危ういとのこと。そして最悪の場合にはリサの目は完全に失明してしまい、それは何も遠い日の出来事ではなく、明日に引き起こるか今日にも起こるか、医者である彼はもちろんのこと誰にも分からないとのこと。
デュラン達に出来ることと言えば、症状が悪化しないようにと神に祈るしかないと医者から匙を投げられてしまったに等しかった。
「そ、そんな……な、何か、治るような薬はないんですか? もしくは進行を少しでも遅らせるようなものでも!?」
「…………」
デュランは医者であるマルクに食って掛かろうとするが、彼はこんなことに何度も場慣れているのか、デュランの好きにしてくれと言わんばかりに首を横へと振るだけで、何の抵抗すら見せる素振りもなかった。逆にそれが医者である彼でさえも、治癒することができないということを暗に示してもいる。
「にゃははっ。そっか……ボク……ボクの目、このままだと見えなくなっちゃうんだ……。そう……なんだ……ね」
「リサ……」
それまで黙って椅子に座っていたリサは乾いた笑いをしてから悲観に満ち、今にも泣き出しそうな小さな声でそう呟いた。デュランは彼女の名前を呼ぶだけに留まり、何か声をかけることはできなかった。
「一つだけ、確認したいことがあるのだが……」
そう口にした医者のマルクは改めてリサへと向き合い、こんな言葉を口にする。
「先程も調べたのだが、今はちゃんと物が正しく見ているのかね? 霞んだりもボヤけたりもせずに?」
「は、い」
「……じゃあ、これは何本に見えるかね?」
「えっと、指が二本……です」
「ふむ……
そして改めて確認する形でマルクは右の指を二本だけ立てながら聞くと、リサはすんなりと答えた。どうやら昨日の夜よりもその症状が和らいでいるのかもしれない。だが一つ、デュランの中で何かが引っ掛かった。それは彼女の目の前に居るマルクも同じことを考えていたらしく、先にこう呟いた。
「昨日の夜は明かりすらも見えていなかったのに、
そう先程マルクからの説明を受けた限りでは、リサの症状は改善する見込みは無いはずなのである。それなのにさっき調べた時も、そして今目の前でしたばかりの指の本数でさえも正確に言い当てている。
一体これはどういうことなのだろうか?
(もしかして、リサの目が見えるようになったとか? いいや、薬も何も処方されていないのにそんな馬鹿な話はないはずだ。でなければ、可能性は低いが“何らかの理由”でリサは自分の眼が見えないと嘘をついている? いや、そんなことはないと断言できる。そもそも嘘をついても意味がないだろうし……いや、待てよ……)
デュランの疑念は更に深まっていった。
そもそもデュランが今心の中で考え懸念したとおり、リサが嘘をつく理由はなかった。だがしかし、それは本人の自覚の範囲内でのことなのだ。つまり意識の外、無意識下では別の話ということになる。
それが意味するところ、それは……。
「……心の病かもしれないな」
「心の……病?」
デュランよりも先に医者であるマルクがそう口にすると、リサはどこか不思議そうにしながらも言葉を繰り返した。
心の病……それは本人が引き起こす内的要因はもちろんのこと、外的要因において何らかの原因により心に負担がかかって一時的に身体表面へと症状が現れる言葉を指す。それは一見すると身体的症状と見分けが付かないのだが、専門知識を持つ医者の問診によりその病状と原因解明まで辿り着けることがある。
そしてやっかいなことにその心が抱える負担を和らげない限りは、いくら薬などで治療を試みても一向に改善することはないもの。即ち根本的な原因が分からなければ、症状は一向に改善しない。だが逆を言えば、それさえ取り除くことが出来れば症状が瞬く間に改善することを暗に示してもいたのだ。
人の心とは身体同様に負担が増せば増すほど、目に見える形という
また今は昨夜の状況とは違い、目が見えている。つまり症状が和らいだことを意味していたのだ。
(リサは一体何が原因で、心に傷を負ってしまったんだ? 昨日の夜に悪化して、朝には改善した。違いといえば……あっ)
そこでデュランは気づいてしまった。
それは考えてみれば、とても簡単なことだった。だがデュランの心もリサと同じく本人の意思に反する無自覚なまま、それに気づかせないようとしていたのかもしれない。
「リサ……俺が原因……なのか? お前の目が見えなくなってしまったのは、俺のせいじゃないのか?」
デュランは恐る恐るそんな言葉を口にした。
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