第159話 マーガレットなりの愛し方

「んんんっ!」


 マーガレットはベットの上で彼からされるがまま、その快楽に耐える形でシーツを握り締めていた。

 自分でも不思議なほど、そして懐かしいほどの彼からの愛によって彼女の心と身体は大きく揺さぶられてしまう。


(あまい……甘くてとても優しいわ。そう……これがデュランの口付けだったわよね。どうして私はこの味を忘れてしまっていたのかしらね……。いいえ、きっと彼と結ばれないと知ってしまったその瞬間から、忘れようと努力し続けてきたわ。でもそれも今こうして思い出させてしまったら、もう彼の元から離れられなくなってしまうわ)


 マーガレットは昔、彼と交わしていた恋人の日々の面影と重なり懐かしさとともに、彼への想いまでも思い出してしまったのだ。

 首回りに口付けをされればされるほど彼と過ごした夜のことを思い浮かべてしまい、そっと彼の頭を抱き締め優しく撫でてしまった。


 だがこんなものは恋人同士の語らいとしては、まだまだ序の口のことである。

 それでもデュランは彼女を焦らしに焦らす形で、時折唇や耳の先に触れるか触れないか程度の口付けをするに留める。


 それ以外の胸などには一切触れずに、彼女の足の間へと割り込む形で右足を挟み込んでいた。

 それはいつでも上半身はもちろんのこと、その下のほうまでも愛せることを意味していた。


 普段強情な性格である彼女なため、デュランはその口から行為の続きするようにと求め言わせたかったのだ。

 それが昔はいつもしていた彼と彼女の愛の語らいであり、お互いの気分の高め方でもあった。


 彼女は強引に責められるのにとても弱い。

 嫌だとは口にしても、体だけは拒んではいなかった。


 それが意味するところは本当は彼に愛して欲しかったのだ。

 夫を失ってしまった寂しさを彼の愛で埋めて欲しかったのだ。


 それは既に解放させられているはずの空いている両手が何よりの証拠。

 本当に彼からの愛の受け入れを拒むならば、体ごと突き飛ばせばそれで済む話である。


 仮に女性の腕力で彼の体を突き飛ばせなくとも、その行動だけでデュランは今この瞬間に彼女のことを責めているその手を止めるはずなのだ。

 それにも関わらず、それすらもせずにただシーツを握り締めながら快楽を受け入れているのは彼女自身、言葉とは裏腹に真に彼から愛して欲しいのだという意思表示にほかならない。


 それを理解しているからこそ、デュランはわざと行為の続きを進めずに焦らしていた。

 今この場で無理矢理にでも彼女の体を愛することはできることだろう。また彼女もそれを拒むことはしないかもしれない。


 けれどもそんなものは自分が真に欲している彼女から授けられるはずの本当の愛ではないため、彼女の心まで手に入れることはできないのだとデュランは思っていた。

 それが叶うことこそが彼女自ら快楽を受け入れ欲する言葉であり、そうなってしまえば彼女の体だけでなく心までも手に入れることが出来るはずなのだ。


 そしてそれこそが、デュランなりの彼女に対する愛し方・・・であった。


(どうだマーガレット? 昔を思い出したか? お前はこうして焦らされるのが何よりも好きだったな。それは今も変わっていなくて安心したぞ)

(む、昔と同じようにデュランはわざと私のことを焦らしているのね。それを理解しているはずなのに、私はそれを拒めないだなんて……)

(ルイスの奴にマーガレットを奪われるくらいならば、この俺がいっそのこと、この場で強引にでも彼女を自分のモノにしてやるからな)

(このままだと私、心だけじゃなくて体までも彼のモノにさせられてしまうわ。そうなってしまったら、もう彼から何を言われても逆らえなくなってしまうわ)


 デュランはマーガレットのことを自分のモノにしようとし、マーガレットは必死にそれに堪える形。

 二人の体制も然ることながら、彼女のことを知り尽くし責めているデュランが圧倒的に優勢である。


(いっそのこと、このままデュランに身を委ねてみるのも悪くはないわよね? 本当なら今頃はこうして毎日のように愛されていたはずなんですもの……)


 彼女は抵抗することができずに、むしろ自ら進んで受け入れる形で彼のモノになろうと心も体も支配されようとしている。

 あと一度、ほんの少しでも彼に触れられてしまえば彼からの愛と与えてくれる快楽へと堕ちてしまうと思ったその矢先、彼女の心の中はそれを受け入れることを拒絶した。


「んっ……マーガレット?」

「…………はぁはぁ。ごめんなさい……」


 デュランは彼女の唇に口付けをしようとしていたのだったが、触れるその寸前に彼女の左手がそれを邪魔した。

 手の平に唇が当たり、初めて彼女から拒まれてしまったことを知ることになる。


 一方彼女は堕ちる寸前のところでどうにか思い留まり、息を切らせながら謝罪の言葉を口にしている。


「こ、これ以上は……ほ、本当に元に戻れなくなってしまうから……やめてね……デュラン……」

「…………っ」


 切実過ぎるほどまでの彼女からの抵抗を意味する途切れ途切れの言葉。

 それはホンの些細な抵抗だったかもしれないが、これまで一度たりとも彼女から拒まれたことのないデュランにとってみれば言葉を失ってしまうほどのことだった。


「……俺のことが……嫌いになったのか……マーガレット?」


 彼女から少しだけ顔を離したデュランが口に出来ることは、たったそれだけだった。

 そしてマーガレットが口にした言葉はというと……。


「……私が貴方のことを嫌いになれるわけないでしょ……それは分かってるはずでしょ?」

「なら、どうして……」

「貴方を拒んだのは嫌いになれないからこそよ。本当に嫌いになってしまったなら、私は貴方から口付けされることすら許すはずがないわよ」


 デュランのことを嫌いになれないからこそ、彼から与えてくれるはずの愛と快楽の受け入れを拒んだのだとマーガレットは口にした。

 彼自身、そのことは痛いほど理解していた。だがそれは彼女のことを理解していたつもり・・・でしかなかったのだ。


 彼女は真に彼のことを愛するがため、その愛を拒むことを選択した。


「これが……私なりの貴方への愛し方・・・なのよ」


 そしてベット上で行われた二人の愛の語らいの最後は、そんな彼女の言葉で締め括られるのだった。

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