第160話 互いを思いやる愛し方とその願い
それからデュランとマーガレットは乱れた服装を整え始めていた。
その間、互いに言葉を交わすことがないまま、永遠とも思えるほど長い沈黙が部屋を支配していた。
デュランは彼女から拒まれてしまい、興が殺がれてしまったと言うよりかは、心ごと深く抉り取られてしまったかのような感覚を抱いてしまっていた。
だがそれでも彼女のことを信じたいのだと、心の奥底では思っていたのだった。それは彼女がベット上で最後に口にした言葉である『彼女なりの自分への愛し方』があったからこそ、信じるに値すると確信していたのだ。
今はその時期ではないのか、それとも二人の想い以外に問題が生じているのだろうと渋々自分のことを納得させることに。
そしてそれは沈黙を破る形で彼女が発した最初の一言で、よりそうであると確信させられてしまう。
「実はね、既に貴方も知っていることだとは思うのだけれど、
「夫婦間での密約……ルイスと婚姻を結びことに対する、取り決めごとか何かなのか?」
「ええ、そうよ。本来なら誰にも見せてはいけないものでしょうけど……これがその証拠よ」
マーガレットもこんな夜遅くに自分の元へ尋ねてきた理由がルイスとの婚姻が原因であると思い、後々誤解が生じぬようにと改めてデュランに詳しい説明をすることにした。
そしてルイスとの間に交わされた婚前契約が書かれた書類をデュランへと手渡して見せてくれた。
「これがその内容……? なっ! こ、この内容は……マーガレット!」
デュランはそこに書かれていた簡素なまでの取り決めごとに驚きを隠せず、思わず彼女の名前を口にしてしまう。
そこに書かれていた内容とは次のことである。
一つは夫婦間においての情事……つまり夫婦が通常行うべき睦事をマーガレットの意思により拒むことができるというものであり、もう一つはデュランが散々懸念を抱いていた生前ケインが残していた借金を清算するという取り決めである。
またそれを補足する形として、別途ケインの従兄弟で血縁関係のあるデュランにも、
デュランは近い将来、ルイスから迫られるであろうケインの負債についてどう切り抜けるか考え模索していたが、ついにその答えを導けなかったにも関わらず、数年前に別れてしまった元婚約者がこうして自分のことにまで気を回して助けてくれていたのだ。
それも婚前契約の名の元に仮初めとはいえ、婚姻を結ぶという危険極まりない行為を取りつつも、しっかりと自分とデュランのことを守りながらも、あのルイスと人生をかけた大勝負を自ら仕掛けつつも、最後には勝ってしまっていたのだ。それも好条件とも言えるような内容契約であったため、後日ルイスが異議を唱えようにもどうすることもできないほどである。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、マーガレットはこう言葉を続ける。
「こうして強引なまでの夜這いを仕掛けてくる貴方が納得するには言葉だけではなく、目に見える形のほうがちゃんと納得できるでしょ? そ、それに私だってね、嫌いな相手と何の方策もなく、タダで婚姻を結ぶなんて愚作のような真似事をするわけないでしょ。私はそこまで愚かな女ではないわ。今も昔も……ね♪」
「そうか……そうだったのか。何かしらお前に考えがあってのことだとは思っていたが、まさかこんなものをルイスとの間で交わしていたとは……。本当にマーガレットの行動には恐れ入ったよ」
「ふふっ。そう? なんだか貴方に褒められると不思議と気分が良いわね」
デュランはその周到なまでの計画性と相手を見透かし未来をも興じる
もしかすると彼女の本質とは、自らの身に危機が迫るような今でこそ、その真価を発揮することができるのかもしれない。それはこれまで傍に居たデュランでさえも初めて目にするものであり、心底驚いてしまうと同時にどこか納得してしまってもいた。
「マーガレットは俺のことを影ながらも守ってくれたんだな……ありがとうな」
「べ、別にこれはケインが残したものなのだから、そもそも最初から貴方の負債ではないのよ。むしろ私のほうが迷惑をかけるところだったのだから、貴方からお礼の言葉を口にするだなんて変よ(照)」
デュランは思ったことを口にして感謝の気持ちを伝えると彼女は気恥ずかしいのか、顔を背けてしまう。
だが、横目に見える彼女の頬は未遂に終わった情事の時とは違った意味合いで朱に染まっていた。
(マーガレットは俺のためにここまでしてくれたのか。それも自分の危険を顧みずにこんなことまで……)
そこで改めてデュランはこれが彼女が口にしていた『彼女なりの自分に対する愛し方』なのだと、文字通り痛いほどに思い知らされてしまう。
そして彼女に対して強引なまでに関係を迫った自分自身の行動を恥じる。
もし先程の玄関先で行われていた二人の熱い抱擁が誰かに見られでもしたら、ルイスと彼女との間に誤解が生じてしまい、彼はそれを理由として二人の間に交わされた契約を破棄してしまうことだろう。
そうなってしまえば彼女に負債が請求されるか、デュランへと回されるか、そのどちらにしても二人が考えていた懸念どおりに事が運んでしまう恐れもあったわけだ。
それこそ一歩間違えれば、彼女もろとも不幸な道へと巻き添えにしていたかもしれない。
そしてそれはデュランとマーガレットに限らず、周りに居る人すべてに迷惑をかける行為にほかならなかっただろう。
(たとえ共に寄り添った人生を彼女の隣で歩めずとも、マーガレットだけは不幸にするわけにはいかない。共に歩むだけが人生じゃないんだ。それが今回のことでよく思い知った。そしてそれを守らねばいけないということも……)
デュランはマーガレットと添い遂げることができずとも、彼女の人生を幸せなものにしていきたいと願わずに入られなかった。
そしてそれこそが自分なりの彼女に対する愛し方なのだと、改めて自らの胸に刻み込むのだった。
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