第157話 取り戻してしまった感情

(お姉様はこのような気持ちをずっと抱えたまま、過ごされてきたのでしょうね。もし……もしも、私が同じ立場だったなら……)


 これがもしも『自分の立場だったら……』と思うと、ルインは今にも心が張り裂けそうな錯覚を覚えてしまう。


「…………」

「…………なんだったら本当にしてやろうか? それも朝お前が起きるまで……いや、夜も寝かさないことをしてやってもいいんだぞ。どうするルイン?」

「~~~~っ(照)。お、お兄様っ!!」


 ルインは姉の思いと自分とを重ね合わせてしまい、言葉を発せなかった。

 そんな彼女の顔色を見て取ったデュランは、わざと彼女の心を乱す甘い言葉を囁いた。それは彼女が悲しい顔をしているので、少しでも紛らわせてやりたいとの優しい気遣いだったのかもしれない。


「ははははっ。じゃあ、またな……ルイン」

「あっ……」


 そんな冗談で彼女に笑顔が戻ると、デュランは今度こそ本当に別れを告げてメリスの手綱を引きながら暗闇の中へと消えて行ってしまう。

 ルインは何か声をかけて引き留めようと手を伸ばしたが、時既に遅しであった。


 彼が消えて行ってしまった暗闇を見つめるルインの心は痛いほどに締め付けられ、それと同時に寂しさを覚えてしまう。

 

「…………」


 そして胸を押さえながら、ルインは一人家の中へと入っていった。



「んっ、ちゃんと軒先に火が灯されているな」


 そしてルインと別れてから、デュランはマーガレットが今住んでいる家の玄関先までやって来た。

 案の定、防犯のためにと玄関ドアの外壁に掲げられている外灯へ火が灯されているため、中に人が居ることを暗に示唆している。 


「とりあえずマーガレットの家に来てみたものはいいが、いかにしてその理由を聞き出そうか。聞いてみたからと言って素直に理由を話すような女でないことは重々承知している」


 だがそこでデュランは中に入るのを躊躇ってしまった。


 直接ルイスとの婚姻について問い質すわけにもいかず、また回りくどく話をするのもこんな夜中には変である。

 もしこれが朝か昼間ならば様子を見に来たとでも一言口にすれば、なんとも理由付けできるだろう。けれども、今は家々の明かりも落とされている夜中なのだ。火急の用事でもない限り、人の家を訪ねることは貴族でなくとも失礼に値する。


「……出たとこ勝負といくか!」


 デュランは考えても答えを導けないとそこで考えるのを止め、玄関をノックした。


 コンコン♪

 玄関ドア中央にある呼び鈴代わりに備え付けてある鉄状の輪っか、ドアノッカーを打ち鳴らして来訪者であることを伝える。辺りには家明かりが灯られておらず、不気味なまでの静けさであった。


 パッ……カチャリ。

 そして程なくすると家の中に蝋燭が灯され、そうかと思うとすぐにドアが開いてしまった。そして外の様子を窺がうようにそっとドアを少しだけ開けて、玄関から彼女が顔だけを出している。


「…………どなたかしら?」


 無用心にもマーガレットはドアの施錠を開けるその前に、声かけ確認するという重大なことを怠っていた。もしこれが物取りだったならば易々と家の中へと押し入られ、彼女の身も危険に晒されていたかもしれない。


「無用心だぞ、マーガレット。誰が来たかを確認する前にドアを開錠するなんて!」

「でゅ、デュラン!? 貴方、デュランなの!?」


 苦言を呈するため彼女に向かってそう声をかけたのだったが、まさかこんな夜に彼が訪ねてくるとは思わなかったのか、マーガレットはとても驚いていた。


「ったく」

「あっ……」

「んっ。ほらな、こうやって物取りに無理矢理にでも押し入られたら、お前はどうするつもりなんだよ? 相手が刃物でも持ち合わせていたら、最悪の場合には命を落としていたかもしれないんだぞ!」

「そ、そうよね。ごめんなさい。少し無用心だったわね……今後は気をつけるようにするわ」


 デュランはわざと彼女が顔を覗かせていたドアへと手をかけ、狭まった隙間を大きく開いてみせた。


「それとありがとうね。その……倒れるところを助けてくれて」

「……いや、いいさ。俺も理解させるためとはいえ、少し強引だったかもしれないしな」


 マーガレットは体を預けていたはずのドアが突如として開いてしまったため、体ごと前のめりに落ちそうになってしまう。だがそれも、デュランが咄嗟の判断で彼女の体ごと胸に抱き留めたことで事無きを得る。 


「でゅ、デュランっ!? ちょ、ちょっといきなりなんなの?」

「……いいから」


 体を起こして地に足を着けたマーガレットは彼の胸元から離れようとしたのだが、デュランはそれを強引に抱き締めることで阻止してしまう。

 彼女は彼の胸を軽く叩くことで手離すようにとの意思を示すのだが、彼はそれに逆らう形で彼女を抱き締めている手に更に力を込め、痛いほどに抱き締めてしまう。


「そ、外でこんなことされてしまったら困るわよ、私も。それにほら、時間も時間だし、もし誰かに見られでもしたら勘違いされてしまうでしょ? ね? お願いだから、その手を離してちょうだい」

「それならそれでもいいさ。それに俺としてはそっちのほうが好都合だしな。むしろ見せ付けてやればいいっ!!」

「ふぇっ!? ちょ、ちょっとデュランっ!」


 デュランはこれまで彼女への想いをずっとひた隠しにしてきた。

 だがそれも夫であったケインが亡くなり、ルイスとの婚姻を結ぶかもしれないということを聞いてしまい、心中では穏やかではなかったのだ。


 ただそれを周りに気づかれないよう、冷静さを装っていただけのこと。

 そして今、彼女の顔を目にしてしまったことで彼の想いが再び昔の感情を取り戻してしまったのだ。

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