第156話 不憫に思える二人の関係
「お姉様……ですか? え、えぇ、たぶんいらっしゃると思いますが……。それにツヴェルスタの家に居なくとも、お姉様のお家にはいらっしゃると思いますわ。もしや、今からお会いになられるのですか?」
「ああ、できれば早いほうがいい」
既に夜も遅いこともあってか、ルインは姉と会おうとするデュランに疑問を覚えた。
まさかこの足で夜這いならぬ、デュランが姉と男女の関係を築こうとしているとはルインでさえも思わなかった。
だが、それでも今から姉と会いに行くと言われてしまい不安にならないわけがない。
ただ話をしたいだけなら、明日の朝でもいいわけだ。それをこのように差し迫った顔つきで言われてしまえば、彼女でなくとも不安の二文字を胸に抱いてしまうのは仕方のないことだった。
「そんなに深刻なお話ですの? ルイスさんとの婚姻……いえ、先程お聞きになられた相続のお話と何か関係があるんですの?」
「…………」
ルインはさっき話題に上がったケインの相続の話に引っ掛かりを覚え、そう口にしたのだったが、デュランは何も答えようとはしなかった。
逆にそれこそが『そうである』との肯定する証のようにも、ルインには思えてしまう。
(お兄様が、お姉様やケインさんの相続に関心を持っていらっしゃるのは何故なのかしら? まさか自分が過去にされたからと、お姉様からすべてを奪い去るという思惑が……なんてことは間違っても無いと断言できますわね。でもそうなると、ますますその理由が分からないですわ。それに夜も更けているというのに直接お会いになるだなんて、変ですわよね)
そうして二人の間に得も言えぬ雰囲気が漂いながらも、トールの町まで辿り着いた。
もう夜も遅いこともあってか家々の明かりは既に落ちており、町全体が暗闇に支配されている。
ツヴェンクルクのような大きな街とは違い、とても小さな町なので庶民が集うような酒場などもなく、こんな夜中に開いている店など皆無だった。逆にそれが不気味なまでの静けさを生み、道には街灯もないため人が誰もいないとの錯覚を覚えてしまうほど。
唯一の救いは、今夜は真ん丸の月が顔を覗かせているため、町全体が月明かりに照らされていることくらいだった。
「お兄様。残念ながら、お姉様はこちらの家にはいらっしゃらないようですわ」
「そうか。なら、あっちの家だな」
デュランはルインのことを旧ツヴェルスタ家へと送り届け、マーガレットが居るか見てきてもらったのだったが、生憎と彼女はここにはいなかった。
だがルイスの家に居るわけはないので、必然的にデュランの元実家にいるはずである。
「じゃあな、ルイン。今夜はゆっくりと休めよ……おやすみ」
「あっ、お兄様っ!」
デュランはルインに向けて別れの挨拶をして、マーガレットが居る家へと向かおうと彼女に背を向けると、その背後から声をかけられ呼び止められてしまった。
少し強めに呼び止められたため、デュランは彼女のほうへと振り返り、こう聞き返した。
「ん? まだ何か用なのか?」
「あっ……いえ」
ルインは自分が何故彼のことを今この場で呼び止めてしまったのか、分からなかった。
そしてなんでもないと言いたげに、彼の視線から逃れる形で顔を横へと背けてしまう。
(お兄様を呼び止めてどうするの? お姉様の元に行かないで……と、必死にすがりついて頼み込むつもり? そんなこと無理よ……それは私自身、理解していることだわ。何故ならお兄様は今でもお姉様のことを……)
ルインは彼のことを自分の元へ引き止めたい気持ちと彼の性格を誰よりも知っているため、それは無理であると理解している気持ちとがぶつかり合い、それ以上言葉を続けることができなかった。
「…………ふふっ。もしかして夜が怖いから自分が眠るまで添い寝でもして欲しくて、俺のことを呼び止めたんじゃないのか?」
「なっ、なっ、なっ! おおお、お兄様っっ!! わ、私のこと、馬鹿にしてないで欲しいですわ!!」
「なんだ、そんなに慌てていると本当にそう思ってしまうぞ」
「わ、私はそのように子供ではありませんことよっ! 子供扱いしないでくださいましっ!!」
デュランは冗談でそんなことを口にしたのだが、ルインは本気にしてやけにムキになって反論していた。
「知ってるよ。ルインはもう、とても魅力的な女性になってるからな」
「……あっ」
だがそれも彼のそんな一言で、自分が暗い顔をしてから口にしてくれた彼なりの冗談だとすぐに理解した。
(ズルイですわよ……こんなの。今頃になって、そのようなことを口にするだなんて。どうせならメリスに乗り体を寄せ合っている時にでも、そう耳元で囁いてくれれば良かったんですのに。そうしたら私、わたくしは……。…………お兄様のイジワル。でも、そんな心優しいお兄様だからこそ、私の心は惹かれるのでしょうね。それはきっとお姉様も同じ気持ちを……)
ルインは彼の気持ちを独り占めしたいと願う反面、未だ互いの想いを通わせているはずのに何故か運命の悪戯という歯車により、結ばれない姉とデュランのことを不憫に思わずにはいられなかった。
先程まで想い人に心を寄せられている姉のことが羨ましくて堪らないと感じていたはずなのに、今ではそれもどこかへと消え去っていた。
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