第155話 危機迫られた選択と決断

「私に聞きたいことですの? な、なんでしょうか? これまでお兄様からの質問なら何でも答えられると思っていましたのに、そのように真剣な面持ちですと……その、不思議と何を聞かれるのかと緊張してしまいまわすわね」


 デュランの真剣な顔付きを見たルインは、それまでとはどこか違うのだと察していた。

 またそれが自分もしくは姉に関係する質問であると容易に予想がついてしまったため、デュランとは対照的に彼女は不安そうな表情を浮かべてしまっている。


「お兄様がそのような顔をしてしまうほど……。それほどまでに真剣なご質問、なのですわよね?」

「……ああ、そうだ」


 ルインは途切れ途切れに言葉を紡ぎ、デュランはゆっくりと頷いた。


「すぅーっ、はぁーっ。さ、さぁお兄様っ! な、なんなりと私に質問してみてくださいませ。私で答えられることなら、何でもお答えいたしますわよ!」


 ルインは大きく深呼吸すると自分の胸に手を添え、更には一呼吸置いてから覚悟を決めたのような真剣な顔付きのまま、デュランに向かってそう言い放った。

 だが、それでも想い人から何を質問されるのだろうかとの不安からか、彼女の表情は更に硬いものになっていた。


(直接的にも問い質すべきか、否か……とりあえず、様子見がてら探りを入れてみるか?)


 デュランはそんな彼女を見て取り、とりあえず遠まわしに話を振って聞いてみることにした。


「ケインが事故で亡くなってから妻であるマーガレットは夫の遺産というか、それらは相続したんだよな?」

「えっ? ケインさんが残した遺産の相続……ですか? ど、どうなのでしょうか……」


 てっきり自分か姉の話だと思い込んでいたルインは、何の脈絡の無いそんな質問をされ戸惑ってしまう。だが、それでもどうにかデュランの質問に答えようと言葉を続ける。


「お姉様は私にはお話になられませんでしたけど、普通なら男性の伴侶を亡くされた妻ならば相続致しますわよね? 何よりお姉様には今住んでいらっしゃるお家と、ケインのお義父様とうさまが残してくださったお屋敷があるんですもの。それにもう葬儀を終えてから半月ほどにもなりますので、ケインさんの遺産はきっとお姉様が相続手続きを済ませていると思いますわ。…………それが何か? もしや、問題でもありまして?」

「いや、それならそれでいいんだ。ちょっと疑問になっててな」

「は、はぁ? そう……なのですか?」


 何でそんな質問をされているのか分からないとルインは困惑の表情を浮かべていた。デュランは誤魔化すため、尤もらしいこと話をすることで彼女の意識を逸らすことにする。


「いやな、ある一定額以上の資産を相続すると、国へ税を納めないといけなくなるだろ? マーガレットは、もう済ませているのかと思ってな。ほら、滞納してしまうと後々面倒なことになるだろ?」

「あっ、なるほど。確かに相続してしまいますと税金の問題も出てきますわよね。ですが、それはお兄様もされたはず……あっ」

「……ああ。俺の場合は父が残してた分が思いのほか少なくてな。国に税を支払うまでには至らなかったんだ」

「そ、そうでしたの。これは余計なことを口にしてしまいましたわね。お兄様、ごめんなさいですわ」

「いや、何もルインが気にすることじゃないさ。だからそんな顔をするな」


 ルインは自分の姉夫婦が彼へとしたことを思い出し、少しバツが悪そうにも顔を伏せてしまう。

 そして顔色を窺がうように控えめにも彼の顔を見上げ、不安そうにしていた。デュランはそんな彼女を見て、少しだけ口元を緩め「心配するな……」というように彼女の頭を優しく撫でた。

 

 だがしかし、そんな彼女からの受け答えから察するに、ルインは姉夫妻にルイスへの負債があった事すら知らないのだと、デュランはすぐに気づいてしまった。


 ……となると、だ。


 マーガレットはそのことをルインには一切伝えずして、またルイスと婚姻する意味も明かせないという理由にも繋がってくる。


 都合が悪いからこそ、実の妹にすらその理由を話せない。

 また、それだけの理由があるのだとの裏返しでもある。


 それはデュランにとって最悪の事態とも言うべきなのか、それとも彼女に助けられたと思えば良いのか、その葛藤が混ざり合い複雑な心境になっていた。だがもし仮にそうだったとしても、今のデュランにはそのどちらも防ぐ手立てが思いつかなかったのだ。


(ケインの負債を返済することも、マーガレットを救う手段も思いつかない。ちっ……クソッ! 完全にルイスの思うがままに追い込まれてしまっている。それにこのままだと関係の無いリサ達まで巻き込んでしまうことになる)


 ルイスからケインが作ってしまった負債への返済を迫られでもしたら、破綻するのは火を見るよりも明らかである。せっかく鉱山から岩塩が出ても、それすらも借金の形として取り上げられてしまう。


 そうなってしまえば財産も何もないデュランには、そこから形勢を逆転することはまずできないだろう。また当然そこにはデュランのことを拠り所としているネリネやアルフも含まれており、彼女達の生活まで脅かすことになってしまい、最悪の場合にはリサ達共々路頭に迷うことになってしまのだ。


(もしルイスがここまでの出来事を見越してケインに金を貸していたとすれば、最初からめられたってことだよな。やってくれたな……ルイス・オッペンハイムっっ!!)


 ルイスの狡猾なまでの策略にデュランはまんまと嵌められ二重三重にと、絡め取られ苦しめられていた。そして何よりも苦しいと思えるのは、この窮地から脱する手立てが何もないことである。自分の不甲斐無さとともに、結果を知りつつどうすることもできない彼が苛立ちを覚えてしまうのも無理はないというもの。


 たとえマーガレットを説得してルイスとの婚姻を無かったものにしたとしても、相続問題によりケインの負債が自分へと回されでもしたら、傍に居るリサ達にも迷惑をかけてしまう。唯一そこから逃れるためには自ら自己破産の申し立てをするか、負債を全額返済するか、その二つに一つの選択しかなかったのだ。


(もしくはそれらを知りながらも、マーガレットを犠牲にするか……か。いや、それは……そんな手段だけは取りたくない。ケインを失った彼女に、これ以上辛い人生を歩ませるわけには……)


 一瞬、デュランの心の中で悲しみに満ちたマーガレットの顔が思い浮かんでしまった。


 それは何か好からぬことを知らせる虫の知らせなのか、はたまた感情に流され生じた彼女への想いなのか、そのどちらにしても彼女から直接話を聞かなければいけない。

 もしかすると今こうしてルインのことを家へと送り届けていること自体が、どこか神からの啓示のようにも思えてしまったデュランは彼女に会うことを決意してこう口にするのだった。


「ルイン、マーガレットは家に居るのか?」


 デュランはマーガレットと直接話をするつもりだった。

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