第154話 負のスパイラル
「もう……大丈夫ですわよ、お兄様。やっと気持ちが落ち着きました」
「わかった」
それから暫らく経ち、デュランの胸で泣いていたルインはようやく心を落ち着かせ息をついた。
デュランもそんな彼女を見て取り頷くと、髪を撫でていた手を止める。
「んっ」
「えっ? あっ……」
未だに彼女の瞳からは一筋の光が流れ落ち、デュランはそっと頬に指の背を留め置き、冷たく流れ落ちるその夜露を拭い去る。
「本当に大丈夫なのか? なんだったら、もっと……」
「え、えぇ。ふふっ。それにしても、なんだか恥ずかしいですわよね。お兄様とこうして体を寄せ合っていたというのに、見っとも無くも突然泣いてしまうだなんて。それもお姉様への嫉妬心を抱いていたのが理由だなんて、さすがのお兄様も呆れてしまいますわよね?」
そう口にするルインだったが、デュランに心配させまいと作り笑いをしながら無理矢理に笑みを浮かべていた。そんな彼女の想いでさえも受けるわけにはいかないため、デュランは慰めの言葉をかけるなど残酷なことはできなかった。
だがその代わりとして、彼女の頭に優しくも手を乗せてこんな言葉を口にする。
「もしまた悲しくて泣きそうになったら、こうして体を預けるように好きなだけ甘えればいいさ。俺の胸くらいならいつでも貸してやるからな」
「……いいんですの? ほんとのほんとに?」
「ああ、もちろんだ。それでルインの悲しみが少しでも薄れるなら、頭だってこうして……ずっと撫でてやるぞ。ほらっ!」
「きゃっ! お、お兄様、それは少し乱暴ですわよ! 私の髪がクシャクシャになってしまいますわ。まったくもう……♪」
デュランがふざけてルインの髪をやや乱暴に撫でると、彼女は少し怒りながらも口元を緩め笑みを浮かべる。それは先程までの作り笑いとは違って、それこそが彼女の本当の笑顔なのかもしれない。
ルインは子供の頃からデュランへと抱きついてきたりして、いつも頭を撫でてと甘えていた。
だが今日ほど甘えてきたのは初めてのことである。
デュランは何かしらの理由があって、彼女がそうしたのだと察してしまう。それは姉への気持ちと、自分への想いによる寂しさがそうさせてしまっているのかもしれない。
「そもそもケインさんが亡くなってまだ間もないというはずなのに、他の男性と婚姻を結ぶこと自体道理に反することですわ。それになんだか、最近のお姉様の言動がいつものそれとは違うようにも感じますし。変ですわよね? お兄様もそう思われませんこと?」
「通常ならどんなに短くとも伴侶が亡くなって最低でも半年、もしくは1年間は喪に服すのが貴族の間の習わしだもんな。それもまだケインが亡くなって一ヵ月どころか、半月ほどしか経っていないこの時期に、わざわざルイスの奴とマーガレットが婚姻するだなんて。あっいや、でもまさかな……」
「……お兄様?」
ルインが口にし、今抱いている疑問と同様にデュランもマーガレットの不可思議な行動への違和感を覚えずにはいられなかった。
だが、そこで一つだけ思い当たる節があることをデュランは気が付いた。それは生前、ケインがルイスにしていた多額の負債のことである。
ケインが亡くなったとはいえ、負債は負債。その事実は変わることなく、その権利までも相続した妻であるマーガレットへと引き継がれてしまうことになるのだ。
それにデュランが知る限りでは、父親ハイルの屋敷と今マーガレットが住んでいる家とが、その担保として抵当に入っていたはず。ルインの口からも一度たりとも、それらについて出ていないということは彼女自身、姉夫婦に負債があったこと自体を知らないのかもしれない。
そしてそれこそがマーガレットがルイスと婚姻を結ぶ理由ではないのかと、デュランは気が付いたのだ。
狡猾なルイスのことだから生前夫であるケインが残した負債を理由にして、マーガレットの実家であるツヴェルスタの名を欲しいがため、彼女と婚姻を結ぶのではないか?
また気が強くプライドが高いマーガレット自ら家を手放したり、自己破産をするとは思えなかった。……となると、だ。もしかすると彼女自ら、ルイスへそんな提案をした可能性もあるのではないか?
そこでルインが店で話してくれたとき、「姉であるマーガレットは実家を守るため、そして長女であることを理由として挙げ口にしていた」と言っていたのを思い出した。
(だがそれだけのために彼女がこんなことをするには理由が弱いな。きっとその他にも、何かしらルイスから要求をされて……あっ! も、もしかして……)
そこでデュランは気づいてしまった。
仮にマーガレットが亡き夫の財産及び負債への相続を放棄したとしても、従兄弟である自分がその負債まで相続するのではないのだろうか。そう差し迫られた彼女は自分を守るため、仕方なしにルイスと婚姻を結ぶという提案を呑んでしまったのではないか。
デュランの頭の中でいくつもの可能性が思い浮かび、それと同時に消えていった。そして次から次へと、予測の域を脱せない考えで、負のスパイラルに陥り自分自身を悩ませてしまう。だが他に彼女が意地を張る要因もないため、ほぼ自分が原因であると確信してしまったデュランは自責の念に苛まれてしまうことになる。
「もしかして…………俺のせい…なのか? マーガレットは俺のことを守るためにルイスの奴と婚姻を……」
「お兄様? いま、何か仰いまして?」
「あっ、いや……」
つい考えていたことが口から出てしまい、デュランは慌てて口元に手を添えて隠した。
(ルインに直接そのことについて聞いてみるのが一番早いのだろうが違ってしまった場合、彼女を傷つけかねないぞ)
ルインが姉であるマーガレットが相続して背負ってしまっているであろう負債の存在を知ってるか否かの判断がつかないため、デュランはそれを聞いてみるかどうかと一瞬ではあるが躊躇してしまった。
知らなければかえって驚かせてしまうだろうし、知っているならばそれはそれで失礼に値する。
だが、それを聞かなければ事の真相を知ることはできやしない。
「ルイン、一つ聞だけきたいことがあるのだが……いいか?」
デュランは覚悟を決めて、ルインに向けてこう切り出した。
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