第152話 心地良い悪ふざけ

「行っちゃった……か。二人には帰る家もあるし、待ってくれている家族もちゃんといるんだよね……いいなぁ」

「リサ、お前……」


 ネリネ達を見送ったリサの表情はどこか寂しげで、名残惜しそうにも見えた。

 そして真横を通り過ぎようとした際、彼女の頬から流れ落ちる光ものを見てしまったデュランは咄嗟に手を伸ばして、リサのことをその場に引き留めようと声をかける。


「じゃ、じゃあお兄さん! ボクも、もう少しお仕事残ってるから厨房に戻るね。……後のことはよろしくね」

「あ、ああ。……わかった」


 だが生憎とリサはクルリッとデュランへ背を向けてしまい、最後にルインを一目見てから厨房へと戻って行った。

 それは自分が伸ばした手から逃れるようにデュランには思えてしまい、伸ばした右手がいやに物寂しげに感じてしまう。


 彼女を引き止めることも出来ず、レストランの仕込み仕事をリサ一人へ任せるのはデュランでさえも心苦しい。

 

「…………すまないなリサ」


 デュランは姿無き厨房へと向かって行ってしまった彼女へ向け、そう謝罪の言葉を口にする。

 それは一人寂しさを覚えた彼女のことを恋人である自分が放って置いてしまうとの、謝罪の意味も込められていたのかもしれない。


「お兄様……」

「……ルイン。もう夜も遅いし、お前も帰ったほうがいい。家族だって心配しているだろ? ほら、俺が家まで送ってやるから行くぞ」

「あっ」


 デュランは彼女の手を手に取って繋ぎ、家まで送ることにした。

 もちろん先程のような指と指とを絡ませる恋人繋ぎではなく、デュランから彼女の手を握り締める形である。


 この街から遠く離れたトール村まで道中に一軒の民家一つないため、彼女は家明かり一つない暗い麦畑の一本道を通らなければならない。

 街と町とが近いため物取り(盗賊)などの心配はないだろうが、それでも暗い夜道を小さなランタンの灯り一つでは心許無いというもの。


 それに田園付近の街道は常時荷馬車が通るため、両端の地面には車輪の跡が深く刻まれ窪んでいたり、逆に畑畝はたけうねのように盛り上がっていたりもしている。

 昼間ならまだしも、このような暗い夜道を徒歩で帰るには危険だと判断したデュランは、店の裏手にある馬繋場へとルインの手を引きながら連れて行く。


「メリス……起きてくれるか? 体を休めていたところすまない。ルインのことを家まで届けたいんだが、いいか?」

「ヒヒン♪」

「あっコラ。まったくもう……ふふっ♪ よしよし。良い子だなお前は」


 デュランは体を横たえ休んでいた愛馬のそう語りかけると、メリスは喜び体を起こして彼の元へと寄り添った。

 メリスもデュランが来て嬉しいのか、甘える形で顔を彼の顔へと擦り付けている。


 デュランは宥めるように鼻筋や頭を撫で落ち着かせると、メリスもそこでようやく落ち着いた。


「(ぼそりっ)……いいなぁ」

「んっ? ルイン、今何か言わなかったか?」

「ヒン?」


 元愛馬と想い人とのやり取りを傍で見守っていたルインだったが、あまりにも仲の良い姿を目の当たりにしてしまい、思わず本音が漏れ出てしまう。

 そんな呟きも小声すぎて彼の耳にはちゃんと届いていなかったのか、メリスとともに首を傾げながら聞き返してくる。


「いーえ、私は何も口にしていませんわよ。きっとお兄様の空耳でありませんこと?」

「いや、確かに聞こえたぞ。いいな、とかって言葉を……」

「そそそ、そんなことよりもっ! お兄様は私のことをエスコートしてくるのでしょう? んっ、んっ!」


 ルインはあんなに小声だったのに聞かれていたこと自体に驚きを隠せず、とても動揺してしまう。

 頬を朱へと染め上げ、それを誤魔化すため必死に右手を彼の眼前へと突き出し、自分のことをメリスまでエスコートするようにと指示を出す。


「まぁ別にいいか。ちょっと待てろよルイン……メリス、ドゥドゥ」

「ヒヒン♪」


 今は考えることではないと、デュランはとりあえずルインの指示に従うことにした。

 メリスの手綱をしっかりと握り締めると馬繋場から出るようにと、ルインの元までゆっくりと誘導する。


「さぁ、どうぞお姫様」

「お、お姫様だなんて、そんなこと……(照)。ご、ごほん。よ、よろしくてよ」


 デュランは右手だけで手綱を掴みながら、まるで執事のような井出立ちでそっと手を添えてルインのことをエスコートしようとする。

 ルインはいきなりお嬢様のように扱われてしまい、その気恥ずかしさからか、思わず想い人である彼から目線を外してしまう。そして左耳にかかっていた髪を少し掻き揚げると、照れながらもに徹することにした。


「ふっ。今宵は不肖このデュランめが、ルインお嬢様を月夜に浮かぶ星星ほしぼしの如く、お家までエスコートさせていただきますので……この手をお取りになられてくださいませ♪」

「た、ただ家に帰るだけのことでしょうに! そのようにお、大げさにして……」


 デュランは愛馬であるメリスへと跨ると、やや芝居がかったセリフを口にしながら彼女に向けて右手を差し出した。

 ルインはそんな彼の小芝居に文句を口にしつつも満更ではないと言った表情である。


「ぷっ、ふふっ」

「ん? 何をお笑いに……おお、兄様っ! 私のことをおからかいになられているのですか!」


 デュランはそんな彼女を見て取り、思わず笑いがこみ上げてしまった。

 ルインは自分がからかわれるためにエスコートされているのではないかと、やや息巻いてしまう。


「おっと。これはこれは……とんでもないことで誤解でございます。お嬢様のことをお笑いになるだなんて、そのような恐れ多いことは決して……」

「…………本当ですの?」


 デュランは慌てて執事の役柄を取り戻し、そう言い繕う。

 ルインはそれを腕組みしながらもどこか訝しげにも目を細めると、疑いの瞳を投げかけ彼のことを疑っていた。


「ただ……」

「ただ???」

「ほんの少し……ほんの少しだけのことにございます」

「~~~~っ!! や、やっぱりからかっていたのですわよね? ね?」


 そして最後にデュランはルインに向けて親指と人差し指の間に小麦粒ほどの隙間を空け片目を瞑りながら、からかう言葉を口にする。

 自分がからかわれていたと理解したルインは、すぐさま悔しそうな顔を浮かべてメリスに跨っているデュランへと詰め寄った。


「はははっ。やっぱりルインは可愛いなぁ」

「~~~~っ(照)。そ、そんなこと言われても、もうお兄様には騙されませんわよっ!」


 だがデュランはそんな彼女の怒った顔すらも可愛いなどと口にし、笑っていた。

 それは悪戯が成功した子供のようにも見えたルインは言葉では怒りを表しているが、それでも本気で怒っていたわけではない。


 むしろこうした遊び・・が出来る相手はデュランだけなのだ。


 彼にからかわれていると理解しつつもなんだかそれが心地良くて、決して不快だとは微塵も感じることはなかった。

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