第151話 兄として、父親代わりとして
「ったく。ほんっっっと、気をつけろよなぁ。もしあのままだったら、大火事になってたところなんだぞ!」
「ご、ごめんなさぁ~い」
「すみませんすみません」
アルフは火を消し忘れていたリサとネリネに向かって叱りつけていた。
リサはバツが悪そうにアルフへ頭を下げ、ネリネに至っては何度も何度も頭を下げながら謝り続けている。
「わ、わかればいいんだよ、わかれば……」
さすがにキツく言い過ぎたかもしれないっと、アルフは恥ずかしくも頬を掻きながら苦言を収めた。
だが彼自身、特段彼女達に向けて嫌味を口にしたかったわけではなく、真に彼女達の身を案じ、そしてこの店や近隣にある建物へと被害が出ないようにとの思いからである。
「そういや、さっきは慌てていたから忘れたんだが……今日の分、貰っていってもいいか?」
「あっ、うん。アルフと家族の分のパンとスープだよね? ちゃんと今日も準備しておいたよ。はい、どうぞ」
「んっ、サンキュ」
アルフは所在無さげと言った感じに口にすると、リサはアルフへ九人分の黒パンとスープを手渡した。
パンは茶色い袋紙へと入れ、スープはアルフが持ってきた長年使い古されたいつもの缶へと入れられている。
聞けばそのスープ缶は亡き父親が使っていたものを、彼も愛用して使っているとのこと。
新たに買うお金ももったいなく、それと同時にどこかで家族としての繋がりを保ちたいとの思いが込められているのかもしれない。
「それとこっちは今日の日当分だ。さぁ遠慮せずに受け取ってくれ」
「ああ、いつもすまないなデュラン。俺ばっかり、報酬を多めに貰っちまって。それに食べ物だって、家族の分まで……」
「なぁ~に、そんなこと気にするなよアルフ。お前にはレストランの仕事だけじゃなくて、鉱山のほうでもよく働いてもらってるしな」
「そ、そうか? ははっ。じゃあ遠慮なくコレは頂いていくぜ」
デュランもそのついでにと、胸の内側に閉まっていた麻袋から銅貨数枚を取り出し、彼へと手渡した。
アルフはどこか遠慮気味にしながらも、しっかりと手渡された銅貨を内ポケットへと仕舞い入れ、服の上から軽く叩いてその確かな存在を噛み締めている。
最近になり、ようやくレストランでの経営も軌道に乗ってきたため、なんとかアルフやネリネに一日分の労働の対価として銅貨数枚ほどを手渡せるほどになっていたのだ。
もちろんそれまでと同じく昼食の賄い飯はもちろんのこと、彼らの家族一日分の黒パンとスープもちゃんと渡していた。
だが、これまでのような余り物の類を報酬として手渡すわけではなかった。食事するその度にリサは自分達が食べる分スープを新たに作り直していたのだ。
またパンも焼いてから数日が経って硬くなったものではなくて、その日の朝に焼かれたとても柔らかい黒パンである。
またネリネに渡している二人分だけとは違い、アルフには妹と弟それに母親を含めた九人の大家族である。
彼はレストランの仕事が終わるとすぐに鉱山の仕事も手伝っているため、その報酬までも対価としてそこへと含まれてもいる。
「俺としては、むしろお前が受け取る日当分が少なくなくて不満がないのかと、逆にこちらが心配をするほどだよ。それに今後は製塩所も立ち上げるんだ。今よりも、もっともっと忙しくなるんだぞ」
「おっ! そうなのか? 本当かよそりゃ! なら、今よりももっと稼げるようになるな!」
デュランの仕事が増えるとの言葉を受け、アルフはとても喜んでいた。
家族を養っている彼にとって、今以上に収入が増えるのは喜ばしいことなのかもしれない。
日々の食べる物はもちろん病気になった際、薬を買うのにもお金は要る。
だから今以上に収入が多くなっても決して困るなんてことはないのだ。
「稼ぐのは良いことなのだが……それよりもそんなに働き通しで体のほうは大丈夫なのか? 休日だって他の仕事をしていると聞いたが、ロクに休みもとっていないんじゃないのか?」
「まぁ……な。でもここが頑張りどころだと思ってんだよ。なんせ俺は親父の代わりに妹や弟達の食い扶持分を稼がないといけないからな。これくらいで弱音なんて吐いていられねぇよ!」
デュランは彼の体を心配してそんなことを口してみたのだったが、アルフは逆に金を稼げると喜んでいた。
「…………そう…か。だが、あまり無理をするんじゃないぞ」
「おうよ! そんなこと言われなくてもわかってるってんだっ!」
デュランは掛け持ちでレストランや鉱山の他にいくつも仕事をしているアルフの体のことを心配したのだったが、彼は家族を養うためなら何でもすると息巻き、見せ付けるように力こぶをして自らの頑丈さをアピールしている。
(父親を失った悲しみを感じる間もなく、アルフは一生懸命になって働いている。それは妹や弟を養わなければならないと、兄として、また父親代わりとしての使命感もあるのだろうな。だからこそ家族が支えになっているから、アルフの奴はここまで頑張れるのかもしれない。そこに俺が水を差すわけにはいかないよな……)
それ以上心配の言葉をかけることができないと判断したデュランは彼を安心させるため、納得する形で頷いた。
「あっ、そうだ。夜も遅くなっちまったけど、ネリネもこれから家に帰るんだろ? 途中まででいいなら送ってくぜ」
「えっ? あっ……え~っと」
「うん。珍しくアルフの言うとおりだね。あとのことはボクに任せて、ネリネはもう帰っても大丈夫だよ」
「で、ですが、リサさん。まだ作業の途中でしたよね?」
夜も遅いとのことで、アルフがネリネへそう声をかける。
街の治安が著しく悪くないとはいえ、年頃の女性を暗い夜道の中、一人で帰すわけにはいかない。
いつもネリネのことはデュランが家まで送り届けていたのだが、今日はルインが居るためそれもできそうになかった。代わりとしてアルフがそんな申し出をしてくれたことはありがたいことだと、デュランもリサに賛同する形で頷いてみせた。
このままルインがここへ泊まるという選択肢はないだろうし、そうなると誰かが彼女のことを家まで送らなければならない。
リサもデュランより年上とはいえ、ルインやネリネとあまり変わらない年頃の女性。アルフは家族が家で待っているから早く帰らねばならず、必然的にデュランがツヴェンクルクの街から遠く離れたトール村までルインを送ることになる。
「も~う、ネリネにそんなに心配してもらわなくても大丈夫だよ! それとこれくらいならボク一人でも出来るしね♪ それに……家ではネリネのお母さんが帰ってくるのずっと待ってるんでしょ? なら、早く帰ってあげないよ。はい、これ。ネリネとネリネのお母さんの分のパンとスープね!」
リサは二人分のパンとスープが入れられた茶色の紙袋をネリネの胸元へと押し付け「早く帰ってお母さんを安心させてあげてね」っと、強引にも彼女の背中を押す形で見送ることに。
実際にはまだ多少の作業は残っていたのだが、きっと責任感の強い彼女を安心させるため、そういう言い方をしたのかもしれない。
「わわっ。は、はい。それでは皆様、また明日もお会いしましょうね。デュラン様も……」
「ああ、気をつけて帰れよ。アルフ、ネリネのこと頼んだぞ」
「おうよ! 任せろってばデュランっ!!」
「バイバ~イ」
ネリネは店から出るその寸前チラリッとデュランの方へ体を向け、いつも帰り際そうしているようにスカートの端を指先でチョコンと摘まみ、会釈をしてから別れの挨拶を告げてアルフとともに家路へと着いた。
リサだけは玄関外まで出て行き、二人の後ろ姿が街夜の暗闇へと消え去るまで見送る手を振り続けるのだった。
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