第150話 感じる指先
(リサさんリサさん、やっぱりそうですわ。ほら、デュラン様がルインさんの背中にそっと手を添えているのが見えますもの。ダンスの練習に間違いありません!)
(ほんとう……だね。でもさ、ダンスってあんな密着した感じに異性の背中へ手を添えるものなの? なんだか少しだけ、いやらしく感じない? まるで恋人が抱き合っているようにも見えるんだけど……)
(いーえ、間違いありません。あのように互いに抱き締め合いながら、パートナーの体を支え合っているんです。ここからはちょっと後ろになっててよく見えませんが、きっとルインさんもデュラン様の背中に手を当てているはずです)
ネリネは解説するようにリサへとそう言い聞かせながら、少し興奮した様子である。
それは将来、自分の元に白馬の王子様が現れて迎えに来てくれるのだと信じきって待ち望んでいる……そんな夢見る少女の姿にも見えた。
「んっ」
「あっ♪ お、お兄様ったら、ず、随分と積極的……ですわね(照)」
デュランはネリネの指摘どおり、ルインの髪を撫でていた左手をそっと彼女の腰付近まで押し下げてから自分の体のほうへと寄せる形で押し当て、より強く抱き締めてみることにした。
先程よりも強く自分が求められていると感じてしまったルインの口からは、つい艶のような声が漏れ出てしまった。
そして自分も真似するように彼の背中へと這わせていた右手で、自分の胸を押す感じに痛いほど抱き寄せてみようとする。
「んんっ♪」
自分から押し当てている胸が彼の胸板で押し潰れ、多少の痛みを感じるはずなのにルインはむしろ彼をより強く感じてしまっていた。
(こ、これはとてもイイですわね。まるでお兄様の体と一つに溶け合ってしまった……そのようにも感じてしまいますわね)
ただ抱き締め合っているだけ……たったそれだけなのにルインの体は小刻みに震えてしまう。
(ルインの体が震えているのか? 肌寒い……いや、まだ緊張しているのか? それとも俺が強く抱き締めすぎているから、痛すぎて体が震えているとか?)
ルインの異変を感じ取ったデュランは彼女の様子を確かめようと、呼びかけてみることにした。
「ルイン、ルイン大丈夫か?」
「…………」
「……ルイン?」
彼女からの返事はなく、デュランはそっと抱き締めている彼女の顔を覗き見ようとしたまさにそのとき。
「んっ」
「んんん~~~っ」
あろうことか、デュランの胸に顔を埋めていたルインはそのタイミングを見計らい、少し爪先立ちとなりながら顔を見上げる形で彼の唇へ自分の唇を押し当ててしまった。
いきなりのことでデュランは上手く対応できず、彼女からされるがままになってしまう。
「ルイ……んっ!?」
「ん~~~っ」
ワンテンポ遅れて、デュランはようやく自分がルインからキスをされているのだと理解した。
そして彼女のことをすぐにでも止めようと名前を呼びかけようとするのだが、逆に口の中へと強引にも彼女の舌が入り込んできていた。
(ね、ねぇネリネ。アレは何しているの? なんかお兄さん達、キスしているみたいな感じじゃない?)
(~~~~っ(照))
リサ達が様子を窺っている厨房側から見れば、ルインの背中しか見えず、一体二人が何をしているかまでは分からなかった。
それでもルインが爪先立ちとなりながら、デュランの口元に自分の口を近づけていることだけは分かる。
(そそそそ、そうですね。あ、アレは……)
(……アレは?)
(ききききき……)
(きぃ?)
リサよりも更に横へと顔を出しながら観察していたネリネだったが、その位置からでもバッチリ二人が何をしているのか見えていたため、余計に言葉を詰まらせてしまう。デュランとリサとが恋仲なのは既に知っており、そのままあるがまま目に見えている光景を正直に彼女へ伝えても良いのかとの思いから、咄嗟にこう言い繕ってしまう。
(……きっとルインさんの目にゴミが入ってしまい、それをデュラン様が見てあげてるだけだと思います。ま、まつ毛が何かかもしれません)
(目にゴミぃ~? あ~……そっかそっか。まつ毛が目に入ると痛くて我慢できないもんね。あっ、だからルインの体が小刻みに震えているんだね。そうだったんだ……ボク、二人がキスでもしているんじゃないかって勘違いしちゃったよ~)
(ぅぅっ)
とても心苦しい言い訳であったが、リサは妙に納得して頷いてくれた。咄嗟のこととはいえ、ネリネは純真すぎるほどの彼女に嘘をついてしまったことに心を痛めてしまう。
「チュ♪ ふふっ♪ お兄様ったら、このように体を硬くしてしまって……なんだか可愛らしいですわね♪」
「ぷっはっ! はぁはぁ……る、ルインっ!! あひゃっ! へ、変なイタズラするなっ!!」
ようやく唇から離れてくれたルインだったが、それでもデュランの元から離れようとはしなかった。
むしろ逆に彼に甘える形で胸板へと寄り添いながら、ツーッと人差し指一本で縦になぞりあげた。デュランはそれまで感じたことのない妙なくすぐったさから、思わず女性のように声をあげてしまう。
「ふふっ、ごめんなさ~い。私はただ、お兄様の硬くなってしまったお体をほぐそうとしただけのことですのに。ですがお兄様、もしや……」
「な、なんだよ? 何が言いたいんだルイン?」
それを見て取ったルインは意味深にも子供が悪巧みをしているような微笑みを浮かべながら、こう囁いた。
「私の指先で、女の子のように感じてしまわれていたんじゃないんですの?」
「なっ!?」
ルインは少しだけ彼のことをからかおうとしただけなのだが、思いのほか効果が絶大だと知るや否や、再び彼の胸に指を当てなぞりあげる。
「ほら、ツーッと」
「んん゛っ゛!?」
「ふふっ。やはり……ですわね♪ お兄様は才能をお持ちになられてますわね♪」
「や、やはりって何だよ、やはりって。それに何の才能だって言うんだよ」
「あら、私の口から言わせたいのですか?」
「うっ。べ、別に俺は感じてなんかいないからなっ!」
ルインにからかわれているだけと理解したデュランはツンとした表情になり、ソッポを向いてしまう。
「ふっ♪」
「あひゃっ!? る、ルイン~っ! お前なぁ~~~っ!!」
「きゃー♪ お兄様が怒りましたわ~♪」
ツンとした表情もどこか誇らしく思えたルインは、そっと彼の空いている左耳へと息を吹きかけた。
再びデュランは変な声を張り上げ、今度こそ叱り付けてやろうと逃げる彼女を追いかけ捕まえようとする。
(……ねぇネリネ、お兄さん達は何してるのかな? こんな夜に二人で追いかけっこしているの?)
(うっ……)
(うっ? ネリネ?)
(デュラン様のあのようにツンとした態度からのデレ。そしてあのように感じてしまった艶声……ぶっはっ)
(ネリネっ!? ど、どうしちゃったのさ、なんか鼻血出てるよ!?)
そんな二人のことを遠くから見守っていたリサ達は、未だデュラン達が何をしているのかと小声で話し込んでいた。ネリネに至ってはデュランの言動に何か思うところがあったのか、鼻血を噴出している。
「…………なにやってるんだ、コイツらは?」
ちょうどそこへ、今日の日当分であるパンとスープを受け取り忘れていたアルフが店へと戻ってきた。
見れば店内を騒ぎ走り回っているデュランとルイン、その二人の姿を柱どころか、むしろ堂々と見守っていたリサとネリネを目にして何をしているのかと呆れ返ってしまう。
奇しくもリサ達がまだ調理途中で鍋に火をかけたままということに気づいたのは、鍋に入れられた水が半分ほどに減ってしまい、アルフから指摘されてからだった。
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