第149話 熱い視線と勘違いワルツ

 想い人に抱き締められながら頭を撫でられ、女の幸せを感じているルインとは対照的にデュランも別の意味合いにおいて動揺していた。


(その場の勢いとはいえ、少々やりすぎてしまったか。こんな格好、もしリサに見られでもしたら……)


 もしここが二人っきりの部屋ならば、今すぐにでもルインのことをベットへと押し倒し、彼女を無理矢理にでも自分だけのものにしていたかもしれない。


 生憎とここは彼の部屋ではなく、レストランのホール場なのだ。いつ誰かに見られても、まったくおかしくない状況である。


「……んっ? ~~っ!?」

(まさかまさかまさか……あ、アレは……)


 そして徐に前から視線のようなものを感じ、ふと顔を見上げてみれば、あろうことか厨房へと繋がる廊下の柱からこちらの様子を窺っている二人に気が付いた。


「じーっ」

「じ、じーっ」

「くっ!?」


 わざとらしくも二人は「お前達のことをずっと見ていたんだぞ!」と言わんばかりの声を出していた。その二人とは言うまでもなく、厨房で明日の仕込み作業をしていたはずのリサとネリネだった。


 きっと彼女達は先程ルインが上げてしまった小さな悲鳴を聞きつけ、心配になってこの場に駆けつけてくれたのかもしれない。今二人がデュランへと向けている視線は、心配しているものとは違い、不審者を見ているそれと同じであった。


 リサはジト目でデュランのことを見ており、ネリネもそんな彼女を真似でもするかのように、これまたデュランの顔をじっくりと見つめている。


「うっ!? ぅぅっ」


 そんな二人の熱い視線を注がれ、プレッシャーに堪えきれずにデュランは思わず後ずさりしそうになってしまう。だがルインを胸に抱いている手前、視線から逃れるため後退することも、また逆に前へと進むこともままならない状況。それでも覗き見している二人に声かけするわけにもいかず、またルインのことを強引に突き放すわけにもいかないデュランは小さな唸り声を上げることしかできなかった。


(い、一体いつから二人はそこに居たんだよ!? も、もしかして、ずっと俺達のことを見ていたのか? リサはまぁ分かるとして。ネリネ、お前までか……)


 愛を交わし恋人であるリサが自分を見ているのは理解できる。けれどもまさか、ネリネからも熱い視線を送られているとは、デュランであっても予想外である。


 だが嫉妬しているリサの表情とは違い、何故か彼女の場合には頬が朱に染まっていた。それは好奇心からくるものなのか、はたまた覗き見ていることへの羞恥心なのか、このあとデュランとルインが何をするのかと期待しているような、そんな表情にも見える。


「んっ」

「……んっ」

「…………んっ、ん~~っ?」


 デュランはルインの背中へと回し抱き寄せていた、空いているの方の左手を二人に向け小さく上げてみることに。

 すると、すぐさまリサもその動きに合わせて右手に持っていた調理用のナタらしきものを同じ動きで小さく掲げてみせることで、彼女なりにデュランの挨拶に応える。


 ネリネもまたそんな二人の行動を見て取り、何をしているのか分からないと不思議そうに小首を傾げながらも、自ら右手に持っていたオタマを小さく掲げている。


「…………」

(なんなんだ、さっきのは? 動きに合わせた呼応というか、完全に俺のこと見ているってアピールだったのか? いや、しかし……)


 デュランのそれは一応の理由として二人へ向けた挨拶というか、言葉を発せない代わりとしてそんなことをしてみせたのだったが、柱から様子を窺っていた二人までも自分と同じことをしてくれたのだった。

 そこには嬉しさという感情よりも先に自分が見られているのだという得も言い表せない、なんとも不思議な感情しか生まれてこなかった。


(リサさんリサさん、やはりお二人のことを覗き見しているのは良くなかったのではないでしょうか?)

(そりゃそうだけどね。ネリネだってお兄さん達のことが気になるって言ってたじゃないのさ)

(ぅぅっ。そ、それは……私だってお二人の様子が気になりますし)

(でしょ?)

「…………」

(聞こえてるぞ、二人とも……)


 リサとネリネはそんな二人に遠慮してなのか、小声でそう話をしているのがデュランの耳元までしっかりと聞こえていた。

 二人はまだそのことに気が付いていないのか、小声で話を続けている。


(それにしてもデュラン様は何をされているのでしょうか?)

(う~う~。浮気かな? やっぱりやっぱり、アレって浮気なのかな? ネリネはアレ見て、どう思う?)

(どうって……ルインさんを抱き締めて、まるで恋人さんになさることをされてますよね。あっ、もしや……)

(ネリネにはお兄さん達の行動に思い当たる節があるの?)


 焦りを隠せないリサとは対照的に、何かを思いついたかのようなネリネは暢気にも両手を優しく合わせて、こんなことを口にする。


(きっとお二人でダンスの練習でもされているのではないでしょうか?)

(ダンスの練習ぅ~~っ!? こんな夜の時間帯なのに? ネリネには本当にそう見えてるの? ボクにはとてもそうは見えないんだけどなぁ)

(ほらリサさん、アレを見てください。デュラン様がルインさんの手を取り、指と指とを絡ませていますよね? 確か貴族同士の社交の場では、あのように男女は抱き合いながら音楽に合わせてダンスを披露すると聞いたことがあります)


 ネリネは貴族同士の社交に興味があるのか、まるで恋する乙女のようにデュランとルインとが抱き合っている姿を見ながらそんなことを口にする。


(社交場でのダンスか……確かにこの格好ならば、ネリネの位置から見て勘違いしてもおかしくはないよな。ならば……)


 確かに遠目の後姿だけを見れば、デュラン達がダンスをしているかのように見えなくもない。

 それにルインの左手へと指を絡ませているデュランの右手は逆向きに突き出してもいる。これを好機と捉えたデュランは話を合わせることにした。

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