第147話 口にしてしまった本音

(本当にズルイ女性ひとですわね。お兄様が自分に心を寄せていると理解しているはずなのに……。それにいつも気にかけてくれるというのに……それなのに……いつも最後はお兄様の気持ちを裏切ってばかりですわ。そんなお姉様だというのに、どうしてお兄様の想いも私には全然振り向いてくれませんの? お姉様がいるからですの? 先に出会い既に心を通わせてしまったから? それとも私にはそのような価値がないんですの? お姉様なんて……お姉様なんて……っっ!?)


 ルインは自分の心の中で何か黒い感情が芽生えてしまったのを自覚し、慌てて自らの感情を持ち直そうとする。


(あっ、あっ、あっ……わ、わ、私は一体なにをしようとしていたの? まさかまさかまさかまさか……)


 そして今自分が何をしようとしたのかと、そこでようやくふと我に返ることができた。


 気が付けば、目の前には背中を向け椅子に座っている姉の後頭部が見え、自分の右手には陶器で作られたティーポットが握り締められていたのだ。

 もしこのまま右腕を下ろしてしまえば、間違いなく花瓶のように硬いティーポットが姉の後頭部に当たっていたことだろう。


 そしてそれが意味すること、それは……。


(わ、私はお姉様の頭にコレを落とそうと……お姉様を亡き者にしようとしていたの? ほ、本当に? こ、この私が? ゴクリッ)


 ルインは今自ら抱いている感情に驚き、そして自然と体が小刻みに震えていることに気がついた。


(こ、この感情は駄目ですわ。これだけは絶対にダメ……何があったとしても絶対に……それだけは……)


 自分が姉に対して、劣等感や嫉妬している感情を抱いていたことはルイン自身も知っていた。

 そうだとしても、最後の一線だけは越える感情は未だ抱いたことがなかったのだ。


 それでも今、自分がしようとしていたのは「今目の前に座っている姉が居なくなれば、それでいい……」と思ってしまったのだ。

 そうしたらデュランは姉に心を寄せていたのと同じく、自分へも心を寄せてくれるはず……。


 なら、どうするの?

 自ら姉へと手をかけ、デュランの心を強引にも奪い取ってしまう……そうしたら自分は今よりも幸せになれるのだろうか?


 ……いいや、違う。

 確かに兄と慕っているデュランの想いを僅かでも振り向かせることはできるかもしれない。それでもなお、彼の想いは姉だけに向いているわけではなかったのだ。


 もし彼の心を独占するためには、周りに居る女性、そのすべてをこの手で葬り去らなければならない。

 そんなこと、現実的に見ても不可能である。


 それにもしもそのことがデュランにバレてしまえば自分へ想いを寄せるどころか、反対に今よりももっと彼の心は自分から離れていってしまう。それこそ一度生じてしまった溝は永遠に埋まることなく、そしてまた交わる機会すらも失ってしまうことになるのだ。


「ん? ルイン……どうかしたの?」

「っ!? い、いいえ! その、お姉様……お姉様に聞きたいことがありますの……」

「なに? 私達は姉妹なのだから、遠慮せずに言ってみていいわよ」


 ルインは未だ自分に対して無防備な後ろ姿を晒している姉に突然声をかけられたことで、とても心が掻き乱されてしまっている。

 それと同時にどうして自ら姉へと呼びかけてしまい、何かの話をしようとしているのかと、ルインは自分自身でも不思議でならなかった。


 今から何もないとは言えず、未だに自分の気持ちの整理が追いつかず油断してしまったのか、ルインはつい本音を口にしてしまう。


「(ぽつり)……お兄様は、どうしてお姉様のことを好きになってしまったのかしらね?」

「んっ? ルイン、いま呟いたことは一体どういう意味なんだ?」

「えっ? あ、あ、あ……お兄様っ!? お兄様が何故ここに……こ、ここはっ!?」


 そう呟くとほぼ同時にデュランから名前を呼ばれ、ルインはようやく今の今まで彼と面と向かい合いながら話をしていたことを思い出し、慌てふためいた。


 一時的に意識が飛んでいたのか、昼間会った姉とのやり取りをこの場で思い出してしまい、そして自分の目の前には想い人が座っているにも関わらず、その時に抱いてしまった姉への憤りから思わず考えていた事がつい口から漏れ出てしまったのだ。


「あ、あのっ! わ、私、わたくしは……」


 ルインは言い繕うように椅子から立ち上がり何かを口にしようとするのだが、頭が混乱してしまっているため上手く言葉が出てこない。


 自ら口にしてしまった呟きがデュランにどこまで聞こえていたのか、そしてそれが先程呟いてしまったことだけなのかと、心配にもなってしまう。


 最後の言葉だけなら、なんともでも言い繕うことができるだろう。だがしかし、心の中で姉に対して抱いてしまった感情まで自ら口にしていたのではないかと思うと、突如として自分の胸が押し潰されてしまうかのような感覚に襲われてしまう。


「あ……っっ」


 そして唐突にも喉の内側から食べ物か何かで詰まるような圧迫感を覚え、首元を右手で触り確かめようとするが、その手から伝わる感触にどこも違和感はなかった。


「ぅぅっ……」


 そしてそれまで生まれてこの方、一度たりとも意識したことのない呼吸の仕方までどうやればいいのか分からなくなってしまい、ついに自ら息をすることすら満足にできなくなってしまったルインは苦しがってしまう。


(い、息が……こ、呼吸とはどうすればよかったのですの? 今まで意識したことなんて無かったはずなのに……分からない……何もわかりませんわ。これまで私はどうやって呼吸をしていたんですの? くるしい……苦しい……このまま私は……わたくし……死んでしまいますの?)


 唐突に迫り来る死を前にしたルインは、その恐怖心から思わず目を瞑ってしまい、誰かに助けを求めるかのように手を前へ前へ伸ばした。

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