第143話 塩に纏わる由来

「それでルイン。製塩所の話というか、俺の申し出は引き受けてくれるのか? 俺としてはできれば引き受けてもらえると助かるのだがな」

「えぇ、もちろん返事は大丈夫の一言ですわよ。私の家である、ツヴェルスタの家にも利益となるお話ならば、喜んでお受けいたしますわよお兄様♪」

「そうか……ありがとうな、ルイン」

「んっ♪ お、お兄様っ、私はもう結婚だってできる歳なのですから……。だから、だから頭を撫でるような子供扱いはしないでしないでくださいまし……もうっ♪」


 デュランは気がつくと、そっとルインの頭へと手を乗せ優しく撫でてしまう。


 つい昔の癖で自然にそうしてしまったのだが、ルインは子供扱いされていると口では怒っている。けれども、その表情はとても安らぎ嬉しそうに微笑んでいた。


「だが、本当に良いのか? ルイン一人の判断だけで家で所有している土地を他人に貸したり、木々の伐採許可をできるわけないんじゃないのか? 何なら一度家に帰ってから返事をしてくれても……」

「いーえ。どうせ数十年と人の手を入れていない森林地帯の土地ですもの。それがお金に換わるとなれば、みんな大喜びいたしますわよ。もしお兄様が何かご懸念するようなら、お兄様の名を出さずにリサさんかアルフさん、そのどちらかの方が借りた……その名目だけで十分ですわよ」


 ルインはツヴェルスタの娘とはいえ、上には姉であるマーガレットがいるのだ。

 当然、彼女一人の一存では決められないとデュランはその意思を示すが、ルインはアッサリとそれを受諾してしまった。


 それだけツヴェルスタの家の財政状況が悪いとも思えたのだが、デュランは敢えてそれを口にすることはなかった。むしろ少しでも彼女達の手助けできるならば……と、快く思ってしまったほどだ。


 ルインは「もしものために……」と、名義を別の人にすれば良いとも提案をしてくれる。

 それはデュランにとってそれは願ってもいない提案であり、夫を失ったばかりのマーガレットにこれ以上余計な心配をかけたくないとの思いもあった。


 それにデュランの名前が表に出れば、いつルイスの邪魔が入るか分からないのも懸念の一つであったが、それも借主の名義を変えてしまえばバレることはない。またツヴェルスタの家としてもデュランとマーガレットとの婚約破棄があったため、体裁が悪いということもあるのかもしれない。だからこそ別名義の提案をしてくれた、ルインの心遣いはデュランとしても余計にありがたかった。


 その数日後、デュランはさっそく臨時株主総会を開き、鉱山へ出資してくれた出資者へ坑道奥深くの地下で岩塩が採掘できたことを報告した。


 すると出資者達は以前デュランが話していた銅鉱石の話なんて、もはやどうでもいいと言った具合に鉱山から岩塩が出たことに歓喜して、彼が新たに南西に位置する森林地帯へ製塩所を作ることに全員が全員、その場で賛成して追加の資金を融通してくれることになった。


 もちろん、それには製塩組合という新たな法人を立ち上げ、その株式を出資額に応じて割り当てるのが前提条件であることは言うまでもない。


 当然そこから利益が出れば還元しなければいけないのだが、それでも岩塩という言葉にはそこから得られる利益以上の力を秘めていたのだろう。出資者達はそこから得られる利益なんかよりも、塩を用いて得られる利権や権力に強い関心を示していた。


 塩は庶民はもちろんのこと、王族や貴族にも欠かせない大切なもの。

 その用途は様々であり、食事におけるただの塩分摂取だけには留まらない。


 日常的な主食であるパンにも多く使われており、肉や魚それに野菜などにも使われることがある。

 ビールやワインなどの嗜好品の風味付けにも用いられ、ガラスなどの工業製品の製造にもなくてはならないもの。


 また庶民は作物の収穫時期を終えると厳しい冬に備えてニシンやイワシ、タラなどの魚を沖合い漁で大量に捕獲して塩漬け加工を施し、冬の間の食料として次の収穫時期まで耐えることになる。


 塩は浸透圧作用から食べ物から水分を奪い取り、その状態を保つ性質があるので食料の長期的保存を可能とする。これは経済社会における、債務の長期的保護措置を示す言葉『塩漬け』という意味合いでもある。


 昔から塩はsalサル(貨幣のこと)と交換されており、労働者への労働対価として支払われることもあった。そこから『給与』という意味を示すsalaryサラリーやフランスでも同じ意味として使われるsoldeソルドへと移り変わり、塩の運搬を護衛する兵士たちのことをsoldierソルジャーとも呼ぶようになった由来も大本は塩なのだ。


 塩を語源とする言葉は他にもあり、野菜の苦味を掻き消すために塩を振って食べるのだが、その『塩を振る』という言葉がサラダという言葉の始まりであるほど、塩とは人々の生活に密接に繋がってもいる。


 塩を制することは、延いては世界を制するのと同じこと……。


 これは戦争においても同じことであり大昔のローマ時代はもちろんのこと、近代で言えば南北戦争で当時大統領であった、エイブラハム・リンカーンが南部攻略へと用いた秘策も塩の規制するという兵糧攻めであった。


 それにイギリスがアメリカの独立を阻害する際にも、輸入塩への重い関税措置などを取って貿易阻害したのだが、それが後の独立戦争へと繋がってしまったのは皮肉な結果というほかない。


 これらの事案で分かるとおり、塩とは時に人の手助けをするが逆に戦争の引き金ともなり得る最重要な資源でもある。その取り扱いを間違えば、国と国との戦争にも発展することになるだろう。

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