第142話 協力の申し出

「ただいまっ! 今製塩所から帰ったぞっ!!」


 デュランは逸る気持ちを抑えられずに勢い良くレストランの戸を開け放つと、そう声をかけた。


「あっ、お兄さん……おかえりなさい」

「お、おぅデュラン。ようやく帰ってきたのか。すぐ戻ってくると言ってたわりには、随分帰ってくるのが遅かったじゃねぇか」

「…………」


 けれども入ってきたデュランとは裏腹に、リサ達は一様に彼が帰ってきたことに戸惑っていた。

 ネリネに至っては今にも泣き出してしまいそうな悲しみに満ちた表情で顔を伏せ、帰ってきたばかりの彼とは目を合わせようとしない。


 普段の彼女ならば、それこそデュランが外から帰ってくれば花を咲かせた薔薇のように優しげに微笑みかけ、温かく向かい入れてくれるはずである。

 それなのに今の彼女は見る影もないほど椅子に座ったまま暗い表情を浮かべ、自分の影が映る冷たい床板を見つめているだけだった。


「何かあったのか?」

「お兄様……」

「んっ、ルイン……お前がどうしてここに? もう明かりを落とす時間だってのに……何か家のほうで急を要する用事でもあったのか? 俺のことをいままで待っていたんだよな?」


 見れば、皆が囲うようにルインが真ん中に居たことにデュランは気がついた。

 その表情はネリネと同じく暗いもので、目元も心なしか朱に染まっている。しかももう夜も深まる時間帯にも関わらず、彼女がこの場にいること自体デュランは不思議でならなかった。


「ルイン、お前……もしかして泣いて……いたのか?」

「っ!? な、なんでもありませんわよ」


 デュランが正面に立ち、そっと彼女の瞳を覗き込んでみると目が赤くなっていることに気がついた。

 心なしか顔色も疲れているようにも見え、ルインは慌てながらに否定してはいるが何かあったことだけは間違いない。


「そ、それよりもお兄様、おかえりなさいですわ。皆さんから聞きましたけど、鉱山のほうで岩塩が出たそうですわね? 製塩所のほうはどうでしたの?」

「んっ……それなんだがな……」


 この場で無理に聞き出しても良かったのだが、ルインは話を逸らすかのように岩塩や製塩所のことを口にしたので、デュランは彼女の話に合わせることにした。


 デュランは製塩所に赴いたのに三度みたび、岩塩精製の申し出を断られたことを告げると皆一様に影を落とし暗く落ち込んだが、デュランは先程思いついたことを説明することにした。


「確かに製塩所からは断られてしまったが、何も製塩所にこだわる必要性は無いことに気がついた。岩塩から塩を精製するためには、まず水と燃料となり大量の木々、そして場所さえあれば何も海辺近くの森に製塩所を構える必要はないんだ。そこでなんだが……」


 デュランはチラリッと目の前に居るルインの顔を見た。


「ルイン……お前の力を俺達に貸してはくれないか?」

「ふぇ? わ、わたくしですの?」


 いきなり力を貸せと言われ、ルインは目を白黒させ瞬きを何度もしながら驚きを隠せない様子。

 そこで透かさずとばかりにデュランはこう畳み掛ける。


「ああ、そうだとも。うろ覚えなんだがツヴェルスタの家は確か、ウィーレス鉱山近くにある南西に位置する広大な森林地帯を所有していなかったか?」

「えぇ、確かにウチの家で所有していますわね。ですがお兄様、そこは何の価値もないただの森林地帯ですのよ。あるものといえば、木と地下水くらいなものでして……あっ、もしやそれで……」

「ふふっ。ようやくルインも俺が言いたいことに気がついたか? 何の価値もない森林地帯に製塩所を作ろうと思う」


 デュランは昔に聞いていたツヴェルスタの家が広大な森林地帯の土地を所有していることを思い出し、ルインへと願い出たのだった。


 利用価値がない木々と土地、そして地下水が岩塩の精製するのに役立つ。しかもそれはデュランが所有しているトルニア鉱山にも近く、岩塩を製塩所予定地まで輸送するのにも楽なのだ。

 下手に海辺近くにある製塩所まで岩塩を輸送して持ち込むよりも遥かに楽であり、費用も時間も節約できるというもの。


 懸念すべき問題は、誰も塩の精製をした経験が無いことと製塩所を建設する費用くらいなものであった。

 

「製塩所の建設については、ウチの鉱山の出資者達に話を通せば資金の融通はつくはずだ。彼らも投資家……塩が高値を付けている今ならば、それで儲ける機会をみすみす見逃すはずがない。岩塩の精製についても、実はそんなに難しいものじゃないんだ」


 デュランは目の前に居るルインを始め、リサ達に岩塩の精製方法などについて簡単に説明し始めた。


「なぁ~るほどな! 塩はただ水に溶かして汚れを取る。それを何度も繰り返して後は火にかけて煮詰めるだけ……言われて見れば、簡単なことだよなぁ~」

「もうアルフってば、相変わらず楽観的だなぁ~。実際にやってみないと分からないっていうのに~」

「でも森の中でお塩を作るというのは、なんだか不思議な気持ちになりますね」


 アルフやリサ、そしてネリネは一様にデュランの説明を聞き、みんな笑顔で期待に胸を躍らせていた。

 そんな明るくもどこか調子の良いアルフとリサのやり取りを目にしていると、デュランも自然と口元が緩んでしまう。


 そうして目の前の椅子に座っているルインに向け、改めて協力を申し出ることにした。


「どうだ、ルイン? 俺達の力を貸してくれるか? あっ、もちろんお前の家から土地を借りる地代や伐採した木の費用も正規の分として支払うから、その点は何も心配はいらないぞ。だが、今は聞いてのとおり持ち合わせがないから塩の出資をしてもらってから……」

「ふふっ。分かっていますわよお兄様、そんなに慌てて言わなくとも。いつものお兄様らしくありませんわよ」

「そ、そうか? あっはははっ。リサやアルフじゃないが、どうにも気がせいてしまってな。ははっ、俺らしくないよな。そうだよな……」


 ルインはどこか子供のようにはしゃいでいるデュランの姿を見て先程までの暗い顔から一変、口元を隠しながら笑みを浮かべている。

 デュランも自分の態度が変だったことに今頃気づき、後ろ手で後頭部を触りながら、所在無さ気に照れるのを誤魔化そうとしていた。

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