第141話 余裕の無さ

「これでも駄目だというのか? 一体何故なんだ? 他にも理由があるならば、言ってみてくれっ!!」


 デュランはさっそく『ノースド・ウィッチ』の責任者に話を通したのだが、彼は頑なに首を縦に振ることはなかった。


 法的解釈で専売についての説明をしても終始渋い顔をしており、結局最後まで彼の笑顔を見ることはできなかった。

 そしてデュランが諦めその場を去ろうとした際に、こうポツリと彼が呟いたのが聞こえた。


「…………俺達だって、別に好き好んでここで働いているわけじゃない」


 それは暗にデュランへ向けて呟き聞かせたというよりかは、思わず本音が漏れ出たとも言える一言だった。

 デュランはそれを耳にし思わず振り返るが、彼はもうそこにはいなかった。


 そこでデュランは初めて彼にも感情があることを知った。


 彼らもデュランの鉱山の鉱員達と同じく労働者である。

 当然そこには雇い主の思惑や顔色を窺がわなくてはならず、意向に背くことはできやしない。


 一度ひとたび反対の言葉や意に背く行為をすれば、すぐさま解雇通告クビを言い渡されてしまい、最悪の場合その日のうちに失業者となり果ててしまう。

 そうなってしまえば、守るべき家族を養うことが出来ずに行き着く先は一家諸共路頭で物乞いをするか、貴族の家の下働きとして奴隷のような生活を送ることになってしまうことだろう。


 後日、アルフに調べてもらったところ彼らも前任者達同様にオッペンハイム商会へ多額の負債がある者達で、借金の返済を立てに家族を人質に捕られ、半ば強制的に働かされていることをデュランは知ることになる。

 彼らの労働環境は他の鉱山と等しく劣悪な環境下で働き、まともな賃金も支払われずにその日一日を過ごすことすら間々ならない者がほとんどだという。


 妻や子供を食べさせるため、そしてルイスへの負債を返済するため、彼らは命を削りながら塩を作る。

 その永遠とも思える日々を彼らは生涯に渡り送らなければならない。


 それが資本主義社会における使われる側の宿命であると同時に、消費される側の宿命なのかもしれない。

 労働者とは、毎日それこそ命を削りながら、その労働対価として僅かばかりの賃金を受け取り家族を養っていく。


 当然そこには労働規約や働く者の健康なんてものは一切考えられてはいない。

 それは何故なのか? 資本家にとって彼らは物と同じ消耗品なのだ。使えなくなれば、次の新しい物へと取って代わられるだけのこと。


 そうして次々に使えなくなった労働者を入れ替え、会社を維持していくのが資本主義の本質なのである。

 人を使う側と人に使われる側、その立場は決して入れ替わることなく、それは当人が死んでもなお変わることのない、ある種の呪いのようなものなのかもしれない。


 農家の子は大人になれば自動的に農家となり、鉱員の子もやがては鉱員となり、貴族の子は貴族となり得る。

 社会という仕組み自体が人としての生を宿すその前から、そうなるようにと仕向けられている。その根本である社会としての仕組みや制度が変わらない限り、庶民は這い上がるその機会すら得ることはできない。


 逆を言えば、その何も持たざる庶民を誰よりも恐れているのは今利権を握っている権力者であり、それは即ち貴族や王族に他ならない。

 彼らが尤も恐れるもの……それは力なき庶民が一丸となって力を合わせることである。


 数の暴力と言えば聞こえは悪いだろうが、そこには秩序や法律なんてものは一切存在せずに、あるのはただ力だけで支配しようとする人の欲であるのは言うまでもない。

 今よりも良い暮らしをしたい欲、金を得たい欲、そして支配から解放されたいという欲だけなのだ。


 欲とは時に大勢の人を動かせるだけの原動力となり得るが、その渦へと飲み込まれ成れの果てとなり朽ちた者達こそが権力者と呼ばれる者なのかもしれない。



(結局、これで振り出しに戻ってしまったわけか……)


 デュランは希望からの失意に苛まれたまま、『ノースド・ウィッチ』を後にし街へと戻って行ったのだが、その足取りはここを訪れた時よりも、とても重々しいものだった。


 せっかく販売ルートの確立と精製に対する問題を解決できそうだったのに肝心要である精製の工程ができなければ、どうすることもできない。


(まさか自分達で精製を行うわけにはいかないよな? そもそも俺は精製するノウハウだって何も知らない……いや、待てよ。さっきの彼だって、最近まで別の仕事に就いていたはず。それでもできるならば、精製の原理自体は意外と簡単なんじゃないか? それに必要なのは設備に土地、それと水と燃料となる木さえあれば……あっ!)


 そこでデュランは気がついた。


 岩塩を持つ自分達は彼らのように海水から精製するわけではないので、必ずしも海辺近くに製塩所を構える必要はなく、大量の水と燃料となる木さえあればどうにかできるはずである。

 そして塩の精製自体は何も難しいことはない。


 精製の原理としては、まず最初に岩塩を粉砕し水に溶かして麻布などをフィルターとして用い、濾過ろかすることで土や砂などの汚れを取った後、その水を火にかけ煮詰めることで塩として結晶化させるだけのことである。


 塩の精製とは、つまりたったそれだけの工程しかないのだ。


 それこそ経験の浅い者達でも設備と道具さえあれば容易に作れ、あとは街まで輸送して売るだけである。

 これまで専売や法律などのシガラミから、こんな単純なことに気づけなかったのは、いつも難題と苦難の境遇に追い込まれたデュランの余裕の無さが原因だったのかもしれない。


 一度呼吸を置き、冷静になってみれば物事の解決策とは簡単に見つけられるものなのだ。

 それこそ問題が自分の身の回りで起こるのと同じく、解決策もまた身近なところに必ずあるものである。


 デュランは愛馬であるメリスに跨ると、急ぎリサやアルフ達が待つ街へと戻って行った。

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