第140話 屁理屈と代替取引

「なら、あたいのような店を持ってる人間達がまとめてアンタから塩を受け取って、それをこの店先で売るというのはどうなんだい? それでもやっぱり国の許可とかいうのが要り様になったりしちまうのかい?」

「ああ、それも専売制度の販売するという点に触れることになるから駄目だな。法を犯してもいい、処罰されてもいい、というならば話は別だがな」

「はぁ……なんだいなんだい、それも駄目だって言うのかい。ほんっと、嫌になっちまうよ」


 それに伴い、マダムのような店先の人間が代替購入して庶民に売ろうにも専売という法に縛られているため、金銭のやり取りが生じる販売をできないということになってしまう。

 それでは同じことになり、デュランか他の人間かの違いだけで結局のところ法律違反となるわけだ。


 だがそれも容易に解決の道が見つかる。


「待てよ……店先で売る? 確かに塩の専売は『販売する行為自体が法律で禁止されている』ということは、逆に考えれば塩を売らなければ・・・・・・問題にはならないのか?」

「デュラン様?」

「アンタ、ま~た何か思いついたのかい?」

「ああっ! 店先で“金を受け取って売る”から問題なだけで、売らなければ問題にはならないよ! そうか、そうだったんだ。これが法の抜け道に違いない」


 デュランはそう呟くと、独りで何かを納得するように頷いた。


「お塩を売らないのですか? ですが、そうすると……」

「ああ、そうさね。アンタは今塩を売らないって言ったけどね、もしかして無料で庶民に配り歩くつもりなのかい?」


 二人にはデュランが何を思いついたのか、皆目検討もつかない様子でそう聞き返すことしかできなかった。


「いや、無料ではない。そもそも鉱山から岩塩が採れるとはいえ、坑道内部で掘り出すには鉱員が必要だからな。それに運ぶのにも、そして精製するのにも人手は必ず欲しくなる。だから無料で配ることは実質的に言っても不可能」

「じゃあ……」

「ああ、一旦マダムのように店を持つ者に塩を出資金に応じた分の塩を卸して分配する。そして今度はそれを庶民相手に物と物との取引……つまり物々交換すればいい。こうすれば塩を販売したことにはならないだろ?」


 デュランが考えたアイディアとは、代替取引とも呼ばれるもので一般的には『物と物とを交換する』商取引の総称であった。

 これは通貨が普及する大昔や、また近年でもその国の通貨に対して不信に陥った庶民達が通貨の代わりとして行っていた取引でもある。


 それは時に麦と織物、そして塩と工芸品などありとあらゆる物が取引の対象となる。

 デュランはそれを応用して、一旦マダムなど野外商店を持つ店主達を使い、物と物との売り買いを通じて庶民達に塩を安価に供給させるつもりだったのだ。


「これなら塩の専売には引っ掛からないだろうし、何ら法には触れることはない。実際、この国でも代替取引は認められていること。それについて国だろうが裁判所だろうが横から口を挟むことはできない。何せ当人同士の合意によって成立する取引なわけだしな。言いたくても言えやしない」

「なるほど……物と物とを交換するわけなのですね!」

「ふ~ん、なぁ~るほど……こりゃ~良く考えられてるねぇ~。あたい達もよく店と店とで物を交換したりするよ。あっ、もちろんお金の代わりとしてね。それを店に来る客達にもやろうって考えなんだね! ふっはははっ、こりゃいい。確かにそれなら客達に塩を売ったことにはならないからねぇ~」


 そこでようやくネリネもマダムもデュランの考えを理解し、とても良いアイディアだと褒め称えた。


「それにもし仮に相手が他人に売る物を作ってなければ、一旦店に置いてある商品を購入してもらい、それから商品と塩とを交換すれば同じことになる。これならば作物を作ってる農家や工芸品なんかを作れなくても、普通の通貨で塩を安価に誰もが手に入れることが出来るんだ。ま、当然二度手間三度手間にはなるだろうが、それでも数倍代金を支払って買う塩よりは幾分マシなはず。それによって塩を買い占め高値で庶民達に売りつけようとしていたオッペンハイム商会の思惑も大きく外れることになる。どうだ、これなら完璧な案だと思わないか二人とも?」


 敵方であるルイスが目の前に居るかのように、デュランはしてやったりとした表情を浮かべながらそんなこと口にする。


「ふふっ。デュラン様、なんだか楽しそうなお顔をなさってますわね」

「んっそうか? そう見えるか? ははっ……」

「アンタもそんなに良い顔しておいて、悪巧みが冴えるねぇ~。でもね、あたいはそれについては大賛成だよ。連中はいつも庶民の弱みに付け込んで、金儲けばかり考えているからね! 少しくらい痛い目に遭ったとしても、だ~れも文句は言わないさ。むしろみんなして喜ぶに決まってるさ!」


 デュランはネリネに指摘され、顔に手をやるとその表情が綻んでいることに気が付いた。

 またマダムもこれまで何か思うことがあったのか、デュランの考えに喜んで賛成していた。


 もちろんマダムのような野外露店の店先とはいえ等価交換というわけにはいかないため、取り扱う店にも場所の借受かりうけ代金として幾ばくかの手数料や手間賃は発生する。

 それを事前に差し引いて通常の塩の価格と同じになるよう調整は必要だが、それでも倍以上もするオッペンハイム商会から塩を購入するよりはマシというもの。


 デュランはこれこそが自分達やマダムのような店主、そして困っている庶民を助ける手立てだと信じていた。


 こうして塩の精製と販売……もとい、代替取引については法的解釈の元には何ら障害は無くなったかのように思える。

 あとは岩塩を精製してくれる製塩所の説得だけとなったのだが、製塩所がデュランの説得や法的解釈に対して理解を示すかは未知数である。


 最悪の場合には、自分達で岩塩から塩を精製しなくてならなくなってしまう。

 それには海辺に近く森にも近しい広大な土地と設備、そして人手が必要となる。


 デュランはそのことを頭に入れ、再び『ノースド・ウィッチ』へ向かうことにした。

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