第139話 法の抜け道
「……その問題って、岩塩の出る量が少ないとかなのかい?」
「それについては問題ないとは思うのだが、実はな、その後の話なんだ……」
デュランはマダムに岩塩の採掘後にある精製と、その後の販売についての問題を説明する。
製塩所が受け入れてくれないこと、そして精製と販売には国の許可が必要になることなどを一つ一つ丁寧に説明した後、こう切り出した。
「……それでな、さっき話を聞いていた思いついたのが、塩の製造と販売を法人化することだったんだ。法人化と言っても決してそんな大げさなものではなく、普通の店と思ってくれてもいい。通常出資者にはそれなりの金を持っている貴族がなるものなんだが、今考えていたのは出資者を庶民達から募り出資してもらい組合員になってもらう。そして受け取るべき配当金の代わりとして、精製して作った塩で返すことにするんだ。そうなれば庶民にも安価な塩を……」
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。今アンタが口にした庶民達ってのは、あたい達庶民のことなんだろ? 組合だか法人だか知らないけどね、とてもじゃないけど出資なんて大げさなものできこっないよ! 第一そんな出資できるほどの金なんてあるわけないじゃないか!」
その説明に何かしらの引っ掛かりがあったのか、マダムはデュランの話の途中にも関わらず言葉を遮ろうとする。
だがそれすらもデュランは予想していたかのように、余裕の笑みとともにこう言葉を続けた。
「……っと、思うだろ? だがな、毎月家庭で消費する塩の代金分だけだとしたら、どうだろうか? それでも支払うのは無理そうか?」
「毎月塩にかかる代金分をかい? それなら、まぁ……支払えないことはないけどね」
デュランの考えはこうだった。
庶民達から毎月塩を買う分に当たる額を組合員となって出資してもらい、配当金の代わりに岩塩を精製して作られた塩で返す。
これならば庶民は今以上に金を必要とせずに、安価で安定的に塩を得ることができるようになる……との考えだった。
「そうなれば、高いお塩を買う必要がなくなるのですね!」
「ああ、そうだとも。それに必要以上、庶民の負担にもならないだろ?」
「なぁ~るほど、それで組合を作るって話なんだね。ふふっ、にしても方便とは良く言ったものだ。それじゃあ普通に塩を製造して売るのと何にも変わりゃしないってのに……まったく、そんな考えを思いついちまうだなんて飽きれちまうよ」
そう語るマダムの表情は言葉とは裏腹に綻んでいた。
デュランが考えたその仕組みは、塩の専売に対抗できる唯一のアイディアであり、それと同時に法の抜け道でもあった。
法律では塩の製造及び販売は禁止されている。だがそれは一般人に対して“売ること”を前提条件としたものであり、会社法人として塩の精製や出資者への還元は何ら法律違反とはならなかったのだ。
言うなれば、株式会社が出資者へと利益の一部を配当金として渡すのと同じく、組合員達に出資金の対価として配当金に当たる塩を渡すだけ……これは違法でもなんでもなく合法的行為に当たるわけである。
法とは人が作りし規律であると同時に、人が法を作り上げているとも言える。
だからこそ法を敷く側の人間である高官や貴族、そして王族達が自分達の身に何かあった時のために……と、法的解釈や抜け道が存在するわけだ。
デュランはそれを利用しようと目論んでいた。
「それにだ、いま塩の価格は高騰し続けているんだろ? それなら市場の人間にとっても、喉から手が出るほどに欲しているはず。それを餌にしてネリネやマダムが懸念している商品卸値の取引交渉の材料としても使えるし、卸業者達を通じて通常価格で塩を市場へと流通させ苦しめられている庶民を助けることもできるんだ」
「うんうん。それなら庶民の味方っていう大義名分も得られる。ふっはははっ。ほんと、よくできてるねぇ~大したもんだよアンタ!」
「……だろ? はっはっはっ」
デュランとマダムは岩塩の精製すらしていないというのに既に先の先の未来の話をして、互いに笑っていた。
「あ、あの……デュラン様、先程のお話で一つ疑問があるのですが……」
「ん? なんだネリネ、疑問があるならば遠慮せずに言ってみてくれ」
おずおずとそれまで二人の話をただ黙って聞いていたネリネが小首を傾げながら、右手を小さく挙げデュランの顔色を窺がうようにそう問いかけてきた。
「え、えぇ。お二人のお話では、庶民の皆さんはデュラン様の塩を得るためには出資金と言うのですか? それに加入しなければいけないのですよね? 私のような者にですと、あまりそのお話が難しくて理解できないと言いますか、組合員になることも少し敷居が高いように思うのですが……どうなのでしょうか?」
「むぅ。そう……か? そんなにか?」
「はい。例え毎月かかるお塩の代金分だったとしても、よく仕組みを理解できない方もいらっしゃるでしょうし、そのぉ~言いにくいのですが……」
「降って湧いたようなウマイ話をおいそれとは信用できないか? ましてや見ず知らずの他人が新しく立ち上げた、製塩所なんかの話では信用も何もない……ネリネはそう言いたいのだな?」
「(コクリッ)」
ネリネの懸念する不安は尤もだった。
まだ教育というものが庶民の間に広く浸透していないので学校に通える者は極僅かであり、日常的に用いる文字どころか、自分の名前すらも読み書きできない庶民がほとんどである。
だから会社法人や出資などという難しい概念を、庶民達が理解できないかもしれないとネリネは言う。
それに塩が高騰しているにも関わらず、通常価格とはいえ
また購入する手続きが複雑化すれば余計な手間がかかるので、例え塩が安く買えるようになってもかえって敬遠される恐れもあったのだ。
これがもし国などの行政が主導で始めた場合、何の疑いもなく信用するのだろうがデュランはただの一鉱山主にすぎず、またその名も庶民の間では知れてはいない。
そのため、ネリネは人が集まらないのではないかとの懸念を示していた。
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