第138話 逆転からのひらめき

 そして明くる日、デュランはネリネを引き連れマダムへと説明をしにやって来た。

 だが、彼女はデュラン達の話を聞いてもなお、渋い顔を緩ませることはなかった。


 実際問題、彼女自身も最近の品物の値上がりには、ほとほと困り果ててる状態で自ら卸業者へと交渉しに出向いたこともあったそうなのだが、やはりデュランの予想通り取引量がネックとなり失敗に終わってしまったとのこと。だから先程からデュランの話を聞いても自分は何の力にもなれそうにないと、厳しい表情をしているのかもしれない。


「一応、卸業者に話をすることはできると思うよ。でもね、日に数十本の薔薇の仕入れ量くらいじゃ、とても卸値を下げてくれるとは思えないんだよ。あたいだって品物は違えど、取引量は似たり寄ったりだからね。お嬢ちゃんの気持ちは痛いほどに分かるよ」

「そ、そんな……」

「……ネリネ」


 ネリネはその話を聞き、萎れてしまった薔薇のように頭をもたげてしまい、今にも泣き出してしまいそうな悲しみに満ちた顔をしている。それはまるで枯れる寸前の花がその蕾を冷たい地面へと落としてしまうかのようにも見え、デュランは居た堪れなくなってしまう。

 けれどもマダムに対して無理を通すわけにもいかず、デュランはそっとネリネの肩に手を添え体を支えることしかできなかった。


「何の力にもなれそうになくて、すまないねぇ~」

「いや、いいんだ。貴女が悪いわけではないしな」


 すまなそうにするマダムも、目の前で自分の娘ほどの年頃の少女が落ち込む姿を見るのも辛いように見える。

 だが自分達にはどうすることもできず、ただ謝罪の言葉をかけるしかなかった。


「組合の許可証さえあれば、全然問題ないんだけどね。あたい達もセリに参加することができなくて……」

「……組合の許可証か。まさか偽造するわけにもいかないよな」

「ちょっとアンタ……物騒な考えは止めておきなよ。偽造なんてしても組合の連中は顔見知りばかりなんだから、すぐに余所者ってバレちまうよ。そしたら最後、袋叩きに遭うか……」


 マダムはデュランが何気なく口にした許可証の偽装という言葉に過敏な反応を示した。

 デュランとしても、一つの方法として口に出しただけで偽装するつもりはなかった。


 組合とはいえ、公的な認可を受けた歴とした法人なのだ。

 もしもその書類を偽装しようものならば公的文書偽造という重罪に課せられてしまい、最悪の場合には公の場で縛り首の刑かギロチンで処刑されてしまう。


(許可証を偽造するわけにもいかず、かといって組合に入るには出資をして組合員になるしかない。だが彼らは閉鎖的なうえに排他的だから、まず外からの新しい人間を受け入れるわけがない……まさに八方塞がりとはこのことだな)


 デュランはどうにか解決策が無いかと、自分の頭の中で情報を整理していた。


(組合? 出資? この市場では出資した組合員しかセリに参加できず品物を買えないんだよな? たとえ組合とはいえ、大本の仕組みは法人会社と同じこと。違いといえば利益の分配を受け取るか、品物を買うことができる権利を与えられるだけの違いしか……あっ!)


 デュランはそこで、とある一つのアイディアを思いついた。


「ネリネ、マダムっ! 組合だよ、組合っ! 自分達で組合を立ち上げるんだ!!」

「えっ? えっ? デュラン様、それは一体……。あっ、もしやデュラン様が仰った組合とは、お花屋さんの組合のことなのでしょうか?」

「組合だってぇ~、アンタ相変わらず突拍子もないこと言い出すねぇ~」


 デュランのその一言にネリネもマダムも驚きの声を挙げてしまった。


「ああ、いやすまない。え~っと、花や市場のことじゃなくてだな……ほら、ネリネ、鉱山の方の問題というか……」


 デュランはマダムの手前、岩塩について話のは時期尚早と言葉を濁しながら、必死にネリネへと伝えようとする。


「あっ、ああ……そ、そちらの問題のことでしたのね!」

「そうそう、会社というか、鉱山の方のな」

「んん~っ?」


 訝しげな顔付きでマダムは二人を見るが、その言葉だけでは何のことか分からないといった様子である。


「鉱山……鉱山ってアンタの鉱山のことかい? もしかして何か出たのかい?」

「うっ」

「あの、デュラン様……」

「……分かってる」


 さすがに年の功もあってか、少ない言葉だけで鉱山で何か産出したのかと察したようだった。

 デュランもさすがに誤魔化しきれず咄嗟に言葉を濁そうとしたのだったが、ネリネに袖を引っ張られ諦めて話をすることにした。


「ああ、そうだ。実はだな、ウチの鉱山で岩塩が採掘できたんだ」

「岩塩? 岩塩って、あの岩塩のことなのかい!? 本当の話なのかい?」


 畑違いの果物を扱う店とはいえ、長年店先で商売をしていたことがあってか、マダムは岩塩という言葉を知っているようだった。


「ああ、その岩塩だ。塩の代わりになるもの……鉱物資源の一種としての岩塩で間違いない」

「なんだいなんだい、そんな大事なことを隠していたのかい。そりゃ一大事じゃないか! 今じゃこの市場でさえ、塩の値はそれこそ2倍3倍もしてるんだからね! 塩が採れたとなれば、み~んな大喜びさ」


 彼女も家に帰れば料理をする、だからこそ塩の値は家計を左右するほど大事な問題だった。


「あっ待ってくれっ! その、期待を裏切るようで悪いのだが、実は問題もあるんだ」

「問題だって?」


 マダムは他の人にも岩塩の話を広めようと足を向けたが、それをデュランは慌てて止めに入った。

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